近刊の雑誌の記事*を読んでいると、いきなりかつて不慮の死をとげた友人マルコ・ビアッジの名が目に入ってきて、一気に10年前に引き戻された感じがした。話は1999年まで遡る。ローマでイタリアの硬直的な労働市場を改革し、より流動性を持たせたいと、中道左派の政府案作成に働いていた労働法のマッシモ・ダントーナ教授が、テロリスト「赤い旅団」によって暗殺された。この不慮の死を、後世の記憶に留めるための銘板(上掲)が悲劇の現場に貼られている。しかし、その後3年して、ダントーナ教授の描いた基準を政府案に採り入れようとしたマルコ・ビアッジ教授(労働法・労使関係)も、同じテロリスト・グループの凶手にかけられた。図らずも10年前の3月の出来事であった。
イタリアではひとたび就いた仕事は一生のものとの考えが、社会に強く根付いており、労働者の解雇は企業倒産などの場合を除き、原則禁じられてきた。このことは、法律の改正が単に法制上の次元に留まらず、社会の制度や人々の考えに深くかかわっていることを示している。しかし、その後改革に着手することなく放置されてきた。硬直的な労働市場の弊害として、失業率は2012年1月で9.2%、若年層にかぎると失業率は31.1%の高率に達している。ヨーロッパでは、スペイン、ギリシャに次いで、ポルトガルとほぼ同じ高い水準だ。
Source: The Economist February 18th 2012.
ギリシャ、ポルトガル、スペインなどに続き、財政危機、高い失業率に悩むイタリアでは、国民や議会で高い信任率を回復したモンティ内閣が、これまで労働者の解雇を原則禁じてきた同国の労働法を改め、企業が業績悪化などの理由で解雇ができるようにする改革案(労働者憲章法18条)を導入することを企図している。近く閣議決定の上、議会に提出する。モンティ首相は議会の圧倒的信任を背景に、この「聖域」改革に着手することに踏み切った。
改正案では、企業の業績など経済的理由での解雇が可能になる。さらに、失業保険制度で給付の期間や金額が統一される。企業に男性の育児休暇制度の創設を義務づける。試用期間中の年金保険料は企業が負担するなどの改正が盛り込まれている。
モンティ首相は、こうした改革によって、労働市場を流動化し、外国企業などの参入を促し、国際競争力を強化することを目指している。そして、5月に予定される地方選挙前に労働組合、経営者などの合意をとりつけたいとしている。
しかし、同国最大労組「イタリア労働総同盟」(CGIL、組合員約600万人)は安易な解雇が増大するとして、激しく反対している。そのため、法案の帰趨はまったく分からない。
この激動の時代にあって、ひとたび仕事に就けば安泰であり、その権利を奪うべきではないという考えは、ほとんど「幻想」に近い。そうした考えが根強いかぎり、若い人たちの仕事の機会は増えることはない。今日の世界では、仕事自体の存在、存続性が限りあるものになっている。限られた仕事の機会をいかに公平に分け合うか、話し合いは労使の間ばかりでなく、労働者の間でも必要だ。
イタリアに限ったことではないが、法律の導入は正しく状況が見通されている場合には、一定の整理の役割を果たすが、方向を見誤ると、かえって世の中の変化への対応を妨げる桎梏にもなりかねない。グローバルな変化を十分見据えた新しい労働観に基づいた政策を、労使などの関係者は共有しなければならない。現状は、イタリアも日本もかなり混迷している。どこの国でも、労働組合など組織された側の勢力は、未組織の分野に本質的に冷淡である。国家的な危機ともいえる今、組織労働者、未組織労働者の別なく、グローバルな展開を背景とする新たな労働市場観の形成と共有が必要に思える。
久しぶりに、カヴァレリア・ルスティカーノを聴いてみたくなった。
*“Labour Reform in Italy: Dangermen” The Economist February 18th 2012.