ジャック・カロ 『サンティッシマ・アヌンシアータ広場の市場』
Jacques Callot. Le Marché de la place de l'annonciade à Florence
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生まれ故郷のロレーヌへ戻ったジャック・カロの銅版画技術はいちだんと冴えをみせたが、彼が描き出す対象も大きく変化を見せるようになる。とりわけ興味深いのは、カロの目で見たイタリアそしてロレーヌを始めとするヨーロッパ各地の人々の生活状況である。フィレンツェやナンシーの宮廷生活に見る貴族や宮廷人の姿、そしてその対極にいるとも思われるさまざまな人々の日々の生活をつぶさに描いて伝えている。
繁栄の底には
一枚の象徴的な作品を見てみよう。これは、カロがいまだフィレンツェにいた頃に制作したものと思われる。一人のかなり年老いた男が、眼下に広がる広場の光景を眺めている。背景に広がる見るからに壮大で華麗な宮殿、そして広場の中心の立派な銅像。華やかなフィレンツェ文化の一齣とみるかもしれない。
しかし、それを眺めている左手の男は、容貌もなんとなくみすぼらしい。身体を支えるのに杖が必要なようだ。そして左手で差し出されている帽子、どうやら日々の生活に困窮し、他人からの施しで生きているようだ。
そして、彼が見下ろしている広場は、一見多くの人々が集まり、繁栄を象徴しているかにみえる。しかし、よく見ると、なにやら哀れな光景が広がっているようだ。近くには自分の足では歩けなくなった人たちが車輪がついた箱に座り、他人に引っ張ってもらったり、二本の棒で漕ぐようにして移動している。買い物に来た女性から喜捨を受けている。広場を見下ろしている男と同じように、杖をつき、帽子を差し出し、物乞いをしている男もいる。
左手の方では地面になにか物を置いて、売り買いをしているのだろうか。ジプシーたちの馬車のようなものも見える。銅像の周りには、旅人などが説明を読んだり、聞いたりしているようだ。
これが、ヨーロッパにその文化と繁栄が伝えられていた17世紀フィレンツェの実態なのだ。統計などほとんど存在しない時代であり、繁栄の陰に押しやられ、貧窮した日々を過ごす人々の数は、計り知れないものだった。
続く
追悼
BBC放送が、マーガレット・サッチャー元首相の逝去を報じていた。一つの時代が明らかに終わったことを感じる。あの独特な話し方は、ロンドン・チェアリング・クロス街やサンダーランドでの思い出とともに、忘れがたくどこかに残っている。