時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

大いなる沈黙の中に

2014年09月22日 | 午後のティールーム

 
 


 かなり前から評判は聞いていたが機会のなかった映画を観た。『大いなる沈黙へ』 Die Große Stille (フィリップ・グレーニング監督、フランス、スイス、ドイツ)
と題されたフランスの男子修道院の生活を徹底して再現しようとした作品である。2005年の制作だから、すでに9年近く経過しているのだが、どういうわけか今年になって観る機会があった。ヨーロッパ映画祭2006年ベスト・ドキュメンタリー賞など多くの賞を受けている。

 フランス・アルプス山脈の山深くに建てられたグランド・シャルトルーズ修道院が舞台である。この修道院を運営するのは、カトリック教会の中では厳しい戒律で知られるカルトジオ会である。

 現実の修道院については、これまで内外のいくつかの場所を見学したり、多少調べたことがあった。この修道会が位置する場所は、グルノーブルとシャンベリの間にあるフランス・アルプス山脈のかなり深い山中である。カルトジオ修道会はケルンの聖ブルーノ(1030-1101)により1084年に設立され、その後1132年には雪崩で埋もれてしまったり、8回にわたる火事でほとんど崩壊の危機に直面した。現在の壮大な建物は1688年に建てられた。カトリック宗教改革が一定の成功を収め、勢いを取り戻した時代だ。

 このブログに時々登場してくるロレーヌ地方の修道院が、カトリック宗教改革当時、布教の最前線として、さまざまな世俗的な役割を担っていたのと違って、ほとんど世を捨てた修道士たちの居住する30余りの房(個室)が集合した巨大な修道院である。修道士たちは一日の大半をひとり、この房で過ごす。なんとなく独房を思わせてしまうのだが、長い経験の中から生まれた形なのだろう。礼拝堂は集団行動のための場所であり、毎日礼拝がある。すべての楽器は禁止されており、グレゴリオ聖歌と聖書朗読のみが認められている。アルプス山中深く位置し、人里とは遠く離れている。しかし、現代文明とまったく切断されているわけでもない。小さなブリキの箱に入る程度の私物の所持は認められている。修道士の髪を切る電気バリカン(コード付き)、パソコン、靴の修理用の接着剤など、映し出されるいくつかのものが、一寸した違和感と外の社会とをつなぐ糸を感じさせる。こうした情景をカメラはひたすら映し出す。ちなみに監督のグレーニング氏自身カトリックであり、制作のためにほとんど半年、修道院で過ごしたという。

 カルトジオ会はヨーロッパ、アメリカ合衆国、中南米、さらに韓国に19の修道院を持っている。
どの修道院も経済的に独立し、自給自足のようだ。そのため修道士は農夫や職人のような仕事も担当する。途中で修道士が韓国(カルトジオ会の修道院がある)へ出張する話が出て、現実世界とのつながりを感じさせる。

 ナレーションのない作品である。ストーリー性もない。しかし、それはかえって心地よい。 現代の日本は、映画館の外は雑踏と「スマホ」の情報が乱れ飛ぶ雑然とした世界だ。そこから、しばしの時間、静寂が支配する映像の世界へ入り込むことを求められる。2時間49分という時間、映画館でじっと耐えているのは、多くの人にとってかなり苦痛を伴う。しかし、修道院内部の生活を仮想体験させるにどうしても必要と監督が考えたのだろう。

 内容については、すでにネット上でも語られているなので、これ以上記さない。ただ、多少気になったのは、礼拝堂のミサで、真っ暗な画面の上に時々見える赤い小さな光だ。聖体の存在を知らせる灯なのだろうか。なんとなく人工的な印象を受ける。ラ・トゥールの風に揺らぐ蝋燭の焔ではない。

 そして、フランス語、ドイツ語、日本語で示される字幕の文字:

 「主よ、あなたは私を誘惑し
 私は身を委ねました

 主よ あなたは私を誘惑し
 私は身を委ねました

 一切を退け私に従わぬ者は
 弟子にはなれぬ

 静けさ 
─ その中で主が
 我らの内に語る声を聞け」 

 訳文、特に前半部に少なからず違和感を感じた。信仰とは神に誘われ自分を捨てることなのか。同じ映画を観た日本語のよく分かるフランス人(カトリックではない)に尋ねてみた。フランス語では感じなかったが、言われてみると確かに考えさせられるとの答。グランド・シャルトルーズ修道院で日々を送る修道士はいかにして神に出会うのだろうか。

 修道院。現代においては、きわめて特別な世界である。観てみようと思う人だけにお勧めする。 




この修道院に関するより詳細な情報は、次のHPより得ることができる。

http://www.chartreux.org/en/  

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする