時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

逆転する赤色のイメージ

2018年03月18日 | 午後のティールーム

赤色 RED というと、何を思い浮かべるでしょう。折しも、3月19日ロシアのプーチン大統領の4期目、圧勝が決まり、自ら勝利宣言をしている光景をメディアが報じている。「赤の広場」(クレムリン広場)といえば、あの特徴ある建物とともに、「革命」、「熱狂」など世界を大きく揺るがした時代を思い起こす。「赤い」旗が広場を埋め尽くしていた。しかし、今そこに見る光景はきわめて異なったものだ。さらに、プーチン大統領の個人資産は秘密だが、推定2000億ドル、世界一かもしれないなどというニュースを聞くと、ロシア国民ならずとも複雑な感じがする。

中国全人代(全国人民代表会議)の人民大会堂の光景でも「赤」色は画面を圧倒する支配的な色だ。習近平氏について一票の反対票もないという情景には、新しい皇帝の誕生のような印象を受ける。「色」についての受け取り方は時代とともに移り変わることを改めて思い知らされる。文化大革命を含めて、かつては「破壊」、「革新」の色であったはずの赤色が、今は「保守」、「支配」、「安定」の色になっている。

これまでブログでも触れた「青」と「黒」に加えて、ミシェル・パストロウの『赤:色の歴史』を読みながら、考えさせられた。「赤」色の受け取り方も歴史の推移とともに大きく変化してきた。「青」や「黒」色と比較すると、「赤」色は「危険な」色と考えられてきた。少なくも心をかき乱される色だ。そのイメージは「過激」、「激情」、「革命」、「火炎」、「官能」、「高貴」、「神秘」など、かなり激しく振幅がある。様々な思いが頭をよぎる。

パストロウの指摘を読みながら、2、3の例で考えてみた。 

ヤン・ファン・エイク『ジョヴァンニ・アモルフィーニの肖像』
Jan Van Eyck, Portrait of Giovanni Amolfini,
c.1440, Berlin, Gemalde Galerie

画面クリックで拡大

赤色のターバンが異様なほど目立つこの男は何者だろう。15世紀半ば、ブルゴーニュ領ネーデルラント、ブルッへで活動していた富裕な商人の肖像画である。自分が売っていた外衣と同じ素材で織られた赤色 scarlet のターバンを頭にまとっている。よくみると、きわめて、複雑で、繊細な色合いだ。ターバンの形状自体が絶妙だ。画家の力量がいかんなく発揮されている。


この色のターバンは当時としては富裕さの誇示であり、今日ほど衝撃的な印象を与えなかったのかもしれない。仮にそうだとしても、男の容貌を際立って特異なものに感じさせる。フレミッシユ絵画の中でも、突出した肖像画の一枚とされている。画家は時代を席巻したヤン・ファン・アイクであり、その卓越した才能が生んだきわめて異色の作品だ。この画家の作品には『ターバンの男の肖像』というタイトルで知られる近似した作品がある。こちらも大変刺激的な容貌であり、一説には画家の自画像ともいわれる。

ヤン・ファン・エイク『赤いターバンの男の肖像」

そして、時代は下り17世紀、もはやこのブログ読者には、お馴染みのラ・トゥールの『ヨブを嘲りにきた?』妻が身にまとう赤色の衣装だ。サタンの想像を絶する邪悪な結果、子供たちから家畜を含む財産まで全てを奪われたはずのヨブの妻にしては、なにかそぐわない感じがする。これは、エピナルで最初にこの作品に対した時からの印象だ。ヨブの妻は何かの聖職についていたのだろうか。詳細は以前の記事(連載継続中)と重複するので繰り返さない。


Georges de La Tour, Jobs Mocked by His Wife, ca.1650, Epinal France, Musee Departmental d'Art Ancien et Contemporain.

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『妻に嘲笑されるヨブ』

 

Source:Michel Pastoureau, p.86 (Original:Bartholomaeus Anglicus and jean Corbechon, Le Livres des Preprietes des Choses, manuscript copied and painted in Brussels, 1482. London British Library, Royal Manuscript 15 E. Ill, folio 269.)

赤色にも様々な絵具用顔料、染織剤があるが、その多くは媒染剤とともに大桶で、高温で煮るという過程が必要とされた。そのための素材や煮沸温度などの条件は、重要な秘密だった。この図はその製作状況を描いたもので、色彩に関する文献でしばしばみかける。作業をする徒弟や職人の傍に、過程を監視する親方が立っている。赤色ばかりでなく、画面に描かれたような多くの色が同様なプロセスで作られたのだろう。

よく知られた「赤」色でも、スカーレット、コチニール、ヴァーミリオン、ロッソ・コルサ、ヘマタイト、マッダー、ドラゴンズ・ブラッドなど、多くのものがある。それぞれに見る者に与える印象は微妙に異なる。しかし、概して「赤」色が内在している刺激的で時に破壊的でもある特徴は、歴史とともに失われてきたようだ。そればかりか、冒頭に例示したように、「赤」色の歴史にも逆転が感じられる。老化する脳細胞を新陳代謝する効果も減少しているようだ。


ミシェル・パストロウ『赤:ひとつの色の歴史』(英語版)表紙Michel Pastoureau, RED, The History of a Color , Translated by Jody Gladding, Princeton University Press, 2017, cover

コメント
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