時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

祭りの後、激動の時へ:トランプの関税引き上げ

2018年03月06日 | アメリカ政治経済トピックス

C.J. ウオルター『ピッツバーグの製鉄所』

Chrustuab Jacob Walter(1877-1938), Dredging on Monongahela River, n.d. oil on canvas,
Earth & Mineral Sciences Museum & Art Gallery.
 

平昌オリンピックの後には、やはり激動が待ち受けていた。震源地の一つは中国だ。全人代で習近平国家主席の任期制限を撤廃、国家指導部に絶大な権力を認める国家を目指している。その戦略の中心としての軍事力増大は、驚くべき規模で動き出した。軍事力支配の確立で、世界の新たな支配基準を作り出そうと拍車をかけている。アメリカのトランプ政権が右往左往している時に、大きく布石を打ってしまおうという方向性がはっきりわかる。

「一帯一路」の構想もEUやアメリカが混迷し、自らを立て直せず、新たな方向性を打ち出せない間に、西方への陸路、海路の支配権を確立してしまうという政策だ。


トランプ政権には「アメリカ・ファースト」で、世界をリードできる大きな構想がない。アメリカは世界きっての経済大国でありながら、’Made in USA’ として誇るべき産品を次第に失ってきた。それでも1960年代くらいは8気筒の大型乗用車やハーレ・ダヴィッドソンなど、アメリカらしい工業製品を製造していた。良質の製品を大量に製造できる鉄鋼のU.S.Steel やアルミニウムのAloca などは、その技術力の高さで、日本人技術者にとって憧れの存在であった。しかし、時の経過とともに、ハイウエイのかなりの部分を日本の中・小型車が席巻する光景が生まれていた。逆に日本がアメリカ企業を支援する動きも生まれた。


筆者もかつてOECDの工業委員会などに参加、産業の生き残る道を模索した経験がある。しかし、1973年、78年のオイル・ショックの発生で、日本のエネルギー・コストは急騰し、その産業基盤を崩壊に追い詰めた。鉄鋼、アルミニウムなど重厚長大エネルギー、多消費型と言われたこれらの産業は急速に競争力を失い、代わって中東産油国、ロシア、中国などの新興国が、急速に追い上げ、先進諸国の市場を侵食、席巻した。かつては世界に生産量を誇ったアメリカも、今や完全な輸入国となっている。

トランプは大統領就任前後から、貿易相手国、とりわけ中国がアメリカ市場でダンピングしていると主張してきた。彼らはアメリカ市場をダンピング市場として標的化し、産業を破壊している。もう何十年もやってきたと主張し、今度はそれをやめさせるという。そこで槍玉に上がったのが、鉄鋼とアルミニウムだ。’Rust Belt’ (産業が衰退し、錆びついた地帯)と呼ばれる中西部産業衰退地帯にこれらの産業の主要な部分は立地してきた。


しかし、はるか以前からこの地の重化学工業は競争力を失い、荒廃してきた。その一端はブログにも記したことがある。「ラスト・ベルト」の労働者は実はトランプ政権の支持層なのだ。以前からこの地の調査に携わった筆者の目からすれば、国際競争力を失い、古びて、錆びついた巨大な工場設備が地平線の彼方まで続く、この地の巨大伝統産業を復活させることは至難に思われる。アメリカの生きるべき道は、シリコンヴァレーに代表されるIT関連、AI産業、宇宙産業、電気自動車、生化学など少しでも国際的競争力で他に抜きん出た産業分野ではないだろうか。


アメリカの多くのエコノミストや産業関係者も中国などの商行為をダンピングとしているが、関税引き上げをその対抗措置とすることには反対してきた。彼らは関税引き上げではRust Beltの再生はできない。老朽化した設備をスクラップ化し、効率の高い新鋭製鉄所をRust Belt に建設することは莫大な投資を必要とする上に、良質な労働力を必要とする。AI化を最大限導入しても、この地の労働者の質的水準を早急に改善、引き上げることはほとんど不可能だ。実際、多少、地域は違うが、映画『デトロイト』や、著者の自伝的小説「ヒルビリー・エレジー」の深層を読んでいただきたいと思う。アメリカが背負っている傷がいかに深いかを知ることになる。

トランプは大統領選挙中からアメリカ中西部 heartlandの活性化を目指すと主張してきた。ここで働く労働者たちはトランプの支持層だ。

トランプのこの関税引き上げ案については、国内でも反対が多い。確かに関税引き上げがなされる鉄鋼・アルミニウムなどの産業は短期的には製品価格が上がり救われるかもしれないが、これらを原材料として使用する自動車、建築などの産業は一挙にコストアップを強いられ、最終製品にまで波及することになる。高くなった製品を使用する企業が衰退し、消費者が犠牲者となる。

プロセスがこれだけわかっているのに、トランプ大統領はなぜこうした動きに出たのだろう。貿易関係者はトランプがやりたいからやるだけのことと、お手上げのようだ。すべて「選挙民ファースト!」なのだろうか。

すでに中国、ヨーロッパ、日本などが対抗措置や例外措置を求めて動き出している。貿易戦争の再来とならなければと願うばかりだ。

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