時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

眠る二人の子供:未来を託す

2019年01月06日 | 特別トピックス

《眠る二人の子供》1612-13, 国立西洋美術館 Two Sleeping Children, ca.1612-13, oil on panel, 50 x 65.5 cm, The National Museum of Western Art, Tokyo, Japan
無邪気に眠る二人の子供はルーベンスの1610年に亡くなった兄フィリップが残したクララとフィリップではないかと思われる。ルーベンスは後年、この二人を別の作品でより大きなイメージで描いている。


ひと時、雑踏を離れて

バロック絵画をこの世に送り出した画家といわれるピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubenns:1577-1640)の展覧会も終幕に近づいている。この画家、全般に華やかな印象を与える作品が多いが、その生涯も華麗だった。当時のヨーロッパに広くその名が知られた大画家だが、外交官としても活躍した。62歳の生涯であったが、今に残る作品は十分調べたことはないが、500点を越えるのではないか。一説には2000点を越えるとの推定もある。東京展でもおよそ70点が出展されている。一体いつ、どうして制作したのだろうかと疑問を持つ人が多いのではないか。

とりわけ1615年から1625年にかけては繁忙を極め、その受注数は到底一人の画家の制作能力を大きく上回ったと推定されている。ほとんどが顧客からの注文であった。

ルーベンスの制作ジャンルは主として祭壇画などの形をとった作品を含む「歴史画」、「宗教画」の範疇に入るものがほとんどだが、「肖像画」や「風景画」まで驚くほど広い領域にわたっている。

「黄金の工房」の役割
この繁忙な時期にルーベンスを支えたのは「黄金の工房」といわれた工房(アトリエ)であった。常時数人の画家(職人)がルーベンスがチョークで描いたデッサンに彩色し、最後の仕上げ段階でルーベンスが筆をとったといわれる。いわゆる「工房作」なのだが、興味深いのはルーベンスが関わった割合で価格が定められ、工房の職人の誰がどこを担当したなどの記録が工房の台帳に記載されていたとされる。時には、ルーベンスが署名だけした作品もあるらしい。名実ともに売れっ子画家だった

この点、ロレーヌなどの地方画家のアトリエとは全く異なる。ラ・トゥールやジャック・カロなどの史料を見ると、親方画家と徒弟あるいは職人一人の工房がほとんどだった。

ルーベンスの作品で目立つのはその対象範囲が広いことだ。さらにヌードが多いことで、物議を醸したこともあるようだ。画集などでも時折、辟易することもあるくらいだ。それでもさすがにバロックの巨匠といわれるだけに圧巻の作品群だ。

ルーベンス・シティの思い出
ブログ筆者がルーベンスの作品に最初に関心を抱いたのは、この画家の生まれた地ジーゲン(Siegen 現在のドイツ連邦共和国、ノルトライン=ヴェストファーレン州)に、1960年代末の夏、友人の実家があり、しばらく泊めてもらったことから始まった。遠い昔になったが、ドイツ人の家庭生活というものかいかなるものか、初めて経験した。父子が大学教員という知的な家庭であった。曜日で母親の家事仕事が決まっていて、金曜日には、母親が大鍋でシーツや枕カバーなどを文字通り煮沸していたのを覚えている。洗濯機がまだ普及していなかったのだろう。昼食がディナーになっていて、父親が職場から家に戻り、食前のお祈りがあった。今ではほとんど失われた風習だろう。

画家ルーベンスは、まもなくアントウエルペン(現在のベルギー)に移ったが、ジーゲンは「ルーベンス・シティ」と呼ばれることもある。

未来を託して
ルーベンスはブログ筆者のご贔屓の画家では必ずしもないが、いくつか素晴らしいと感嘆する作品がある。それは肖像画であり、顧客の注文に応じたものが多いが、写真をはるかに凌ぐのではないかと思うほど、対象とした人物の特徴を捉えていると思う。

今回はそれらの中で、子供のあどけない様子を描いた作品を取り上げてみた。最初に掲げた作品は、国立西洋美術館が取得、所蔵するもので二人の子供の寝姿を描いている。ブログ筆者はこの作品が日本にあることを大変喜んでいる。

 

《サンゴのネックレスをかけたニコラ・ルーベンス》クリックで拡大
Nicholas Rubens Wearing a Coral Necklace, 1619, white chalk, black chalk, and sanguine on paper 25.2 x 20.2cm, The Albertina, Vienna,Austria

ルーベンスの息子ニコラの幼い姿を描いたこの作品、画家の愛情に満ちた筆致だ。首にかけた紅色サンゴの首飾りは、その美しい色で好まれてきた。それとともに、キリストの血を象徴するものとされてきた。ニコラはルーベンスとイサベラ・ブラントの次男でだった。穏やかな表情の子供で、ルーベンスは少なくも3度、この子を描いている。


* 今日においても、かつてはルーベンスの作品といわれたものが、弟子の手になるものではないかとの見直しも行われている。「かつてルーベンス 今はヨルダーンス?」『朝日新聞』2018年12月25日

上掲の《眠る二人の子供》を紹介、掲載したのは本年の1月6日だが、『朝日新聞』1月8日夕刊美術欄が掲載し、偶然とはいえ不思議な感がある。この小さなブログを開設してまもなく『ラ・トゥール』展もあり、以来、度々こうしたことが起きている。こちらのタイム・マシンが少し先を行っているのだろうか。

 

 

⭐️『ルーベンス展ーバロックの誕生 Rubens and the Birth of the Baroque』国立西洋美術館、2018年10月16 日〜2019年1月20日

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