Joshua B. Freeman, BEHEMOTH, A HISTORY OF FACTORY AND THE MAKING OF THE MODERN WORLD, Cover (BEHEMOTHとは聖書「ヨブ記」に出てくる巨獣、巨大で力があり危険な獣)
最近の日本は、さながら”災害列島”のように見える。千葉県や伊豆諸島での大停電の復旧作業の顕著な遅滞は、東京電力という企業の社会的責任が問われる問題であり、今後こうした災害に際しての企業、政府などのあり方が真摯に再検討されるべきだろう。数多い災害例を通して、日本人は今後の方向と対応する主体のあり方について、すでに十分すぎるほど多くのことを学んだはずである。
今世紀に入った頃、世の中にはかなり楽観的な見解、展望がみられたが、本ブログ筆者はリスクの多い「苦難の世紀」になるのではと思っていた。年を追うごとにその思いは強まっている。
前回に引き続き、”資本主義”あるいは”社会主義”の概念について考えてみたい。このブログを訪れる皆さんは、この言葉にどんな印象を持っておられるだろうか。産業革命がイギリスに始まってしばらくの間、あるいはその後も折に触れて、”資本主義”という言葉は、利殖を追い求めるためにはなんでもするというような ”dirty word” 「汚い言葉」として嫌う人もいた。現在では少数になったが、「資本主義」、「社会主義」の双方について、それぞれの立場で嫌悪する人々もいる。
資本主義を中軸において駆動させている主体は、企業、政府など多くのことが考えられるが、大企業、とりわけ巨大企業の存在が大きいことは、様々に立証されてきた。本ブログでも取り上げたきた「ビヒモス」(巨大怪獣)にも例えられる企業であり、世界規模で見ると、かつてはGM, Ford, クライスラー、USスティール、GEなど製造業に分類される企業が多かったが、近年ではマイクロソフト、GAFA(グーグル、アマゾン、フェースブック、アップル)などのIT企業が主流を成し、ジョンソン・アンド・ジョンソン、ロイヤル・ダッチ、トヨタなど製造企業も含まれる。これらの大企業の利益は、近年上昇している。
企業は儲かっている!
アメリカのグローバル企業の税引後利益(GNPに対する比率)の推移
The Economist August 24th-30th 2019 拡大はクリック
資本主義・社会主義のイメージ
近年のアメリカ人について、一寸興味深い数字に出会った。”社会主義” Socialism” および”資本主義” Capitalism という言葉を彼らはいかなる思いで受け取っているかという問題である。
"社会主義" "資本主義"という言葉への印象
アメリカ、年齢グループ順
The Economist August 24th-30th 2019 拡大はクリック
言い換えると、「非常に、あるいはどちらかというとポシティブ(前向き)な印象」を持っている人の年代別比率である。
Capitalism については、18-29歳層の50%近くがポジティブな印象を持っているが、歳をとるにつれて比率は上昇し、65歳層以上では80%弱がポジティブな印象を持っている。アメリカはさすがに資本主義の王国であり、大勢はCapitalism について否定的あるいは罪悪感のような受け取り方はしないようだ。
他方、比較のために”Socialism” 「社会主義」という言葉への印象をみると、18~29歳層のおよそ半数近くが前向きな感じを持っている。その比率は年齢が高まるほど低くなる。ちなみに65歳以上では40%弱だ。
長年、主として労使の分野の研究・教育に携わってきた筆者の印象では、時代と場面では、とりわけアメリカで、”I’m a socialist” 「私は社会主義者だ」と公言するのは、かなり勇気が必要だったように思う。とりわけ、米ソ対立が激しく、中国が「共産主義」Communismへの道を旗印としていた時代である。しかし、時代は移り変わり、アメリカでも socialismへのアレルギー的反応は前回の大統領選では、かなり減少した。代わって、中国の資本主義化は凄まじいの一言に尽きる。
社会主義化するアメリカ?
前回の大統領選で、バーニー・サンダース上院議員(民主党)候補が “I’m a socialist”というのは、無党派と若者にはかなり訴える力を持つていたが、今でも続いている。とりわけ、「経済格差の是正」の主張が大部分を占めるが、格差拡大の力に抗しきれない若者や無党派層には訴える力を維持している。最近では公然と社会主義者を掲げる若者も増えている*。
*「米で拡大、社会主義に傾倒する若者たち」NHK
BS1 10:00 pm, 2019年9月12日 この番組の調査では、若者の「社会主義」支持は「資本主義」支持を51:49%で上回っている。
日本では同様の調査を見たことはないが、その歴史的経緯から「資本主義」「社会主義」の用語の双方にアメリカほどの強い忌避感はないと思われる。とりわけ後者については、政党名、イデオロギーとして掲げられてもきた。
他方、「資本主義」については、近年大企業の専横、横暴、無責任などの行動が問題を提示している。例えば、経団連は「すべての人々の人権を尊重する経営を行う」との原則を盛り込んだ企業行動憲章を掲げるが、その団体の会長企業が、外国人技能実習生制度に違反する行為をしていたとの記事が新聞一面を飾っている*。
技能実習制度が施行されてから、こうした違反行為に関する記事を一体いくつ見ただろう。到底数えきれない。この制度の沿革をたどると、当初から違反をするために(違反を隠蔽するために)生まれたようなところがある。
*「技能実習 日立に改善命令」『朝日新聞』2019年9月7日
さらに、世界中で注目の的となったゴーン元日産社長のスキャンダル、そして現日産社長の違法報酬など、大企業にまつわる悪徳行為は絶えることがない。
このブログで時々取り上げている産業革命以降の歴史をたどると、その大きな特徴は企業は資本家(株主)の利益を拡大することを第一義的な目的として活動してきた。
それでも、多くの困難に直面している今日の世界を動かす行為主体は、政府、企業、市民、各種団体など多くのものが考えられるが、企業、とりわけ大企業に期待している人々が多い。
前回取り上げたアメリカの主要企業のCEOの団体 Business Roundtable, “ The Purpose of a Corporation,” August 19, 2019が、企業(会社)のあり方について、株主重視からステークホルダー重視へ方向転換の方針を提示したが、すでに長年議論されていることで、それ自体新味がない。
大西洋を挟んで同じような議論が行われている。1950-60年代にイギリス、フランスで、企業に有限責任が認められて以来、市民社会は代わりに何を期待できるのかという議論が続いた。イギリスでは、いくつかの経済誌*が取り上げている。資本主義という社会システムが生まれて以来、多くの悪徳が企業によって実行されてきた。それでも社会の改革を生み出す主体として、企業、とりわけ大企業の行動に期待する人々は多い。政府に期待する人々もいるが、その実行力に疑問を抱く人々が多い。
資本主義社会における企業、とりわけ大企業の責任はどうあるべきなのか。企業の本質そして企業に支配される社会(企業社会)のあり方まで切り込んで、議論をしない限り、事態は歳を重ねるごとに悪化するばかりだ。企業とは何か。何をすべきなのか。企業の責任とは何か。本質に立ち戻り考えるべき課題が提示されている。
Reference
*“What companies are for ” The Economist August 24th-30th 2019
Briefing: Corporate purpose, “I’m from a company, and I’m here to help you” The Economist August 24th 2019