時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

体温計の新たな可能性:見えないものに翻弄される世界(8)

2020年04月09日 | 特別記事

 

ついに7都道府県に「緊急事態宣言」が宣言された。実施期間は本年4月7日から5月6日まで、外出自粛など人との接触を遠ざける様々な規制が導入される。果たして、これ以上の蔓延は阻止できるだろうか。

「社会的隔離」という哲学的にも聞こえる対策が急速に世界に出回っている。一般に理解されている限りでは、とにかく人との接触をしばらくの間できるだけ避けるということに尽きるようだ。人の集まっている所はウイルスや細菌も多いという事実の裏返しともいえる。世俗の騒がしさを避けて、しばらく静かな環境に身を置くということは、ウイルス対策ばかりでなく、この世界の来し方、そして今後のあり方を考える意味でも良いことだ。

このたびのコロナウイルスの世界的蔓延で、世界中で多くの医療機材や薬剤の不足が発生している。マスクの争奪は世界規模で起き、現在も続いている。その傍ら、新型コロナウイルスに有効なワクチン、治療薬の開発、簡易人工呼吸器などの開発が、世界中で進められている。

国立病院機構新潟病院(柏崎市)の石北直之医師が、3Dプリンターで量産できる簡易な人工呼吸器の実用化を目指し、耐久テストなどを進めている。

体温計:縁の下の力持ち
簡単な医療機材の中で、比較的話題とならないものに体温計がある。日本では一般家庭にも広く普及しているので取り立てて不足は感じられないようだ。しかし、世界にはこれも供給が十分行き届かない地域もある。しかし、体温は病状の確定に欠かせない要件のひとつだ。今回はこの目立たないが重要な医療機材を取り上げたみたい。

最初にウイルス蔓延の地となった中国、武漢では、市民が最も頻繁に目にした医療機材は、マスクと共に、ハンドヘルド型の非接触型体温計(”thermometer guns”)であるといわれている。市内の至る所で額や耳に向けられたピストルのような体温計には多くの人々が辟易したようだ。ハンドヘルド型の体温計は、一般に“spot pyrometers”といわれ、元来機器や工程などでの過熱を予知、測定するために産業用に開発された。

今回のウイルス感染者の発見のプロセスで、空港、港湾などの検疫や街中で使われたのは、ほとんどがこのハンドヘルド型であった。測定のために時間をとれず、公衆衛生面での配慮が必要な場所では、より精度は高いといわれる脇の下、口内などで計る接触型は使えない。

使いやすくなった体温計
日本では体温計はほとんどの家庭で常備品になっていること、マスクのような消耗品ではないことが、逼迫した状態を生んでいないことの理由だろう。子供の頃は家庭、医院を含めて、水銀体温計が多かったが、水銀中毒や破損事故など安全性の点から、今では電子回路のサーミスタが1980年代頃から最も広範に使われている。測定数値もデジタルで表示されるものが多い。水銀計のように測った後で、体温計を振るお馴染の動作は必要なくなった。

さらに高性能だが高価格な赤外線式耳体温計なども開発され、使用されている。人体表面から出ている赤外線を検知することにより、瞬時に測定できるタイプがこれに相当する。安静を保つことが難しい乳幼児の体温を測定することもできる。他の方式と比べて高性能であるが、その分高価となる。

体温計とITの連結
さらに感熱カメラ thermal camera とも言われる計器とスマホとの連携が図られている。サンフランシスコに拠点を置く Kinsa Health Inc *2は、自社が開発したスマホにリンクした体温計アプリを販売している。これを使用していれば、もしスマホの保持者がウイルスに感染すると、体温が即時に測定され、通知を受けたセンターから性別、年齢、体温など症状に応じて、アドヴァイスがなされる仕組みになっている。これまでは同社の目的はインフルエンザ対策にあったが、今や急速にcovit-19に重点が移されている。万一、病状が悪化したりで体温が上昇すると、情報は直ちに Kinsa に送られ、同社は個人の情報の集積を通して、新型コロナウイルスの拡大がいかなる状況にあるかをリアルタイムに近い形で把握しうるようになっている。

こうしたアプリと体温計(感熱カメラ)が組み合わされると、スマホの位置確認とリンクして感染者の多い地域の確定が可能になっている。アメリカではすでに一部は実用化されているようだ。日本ではあまり話題となっていないようなので取り上げてみた。個人情報の保護の問題がここにもあるが、今後の感染症の大規模な蔓延防止を考えると、今のうちに考えておく必要は十分にある。このたびの新型コロナウイルス蔓延の問題に限っても、オンライン診療、クラスターの追跡など多くの可能性も考えられる。人類にとって試練の現在は、未来の勝利につながる時でもある。

References

最初に体温計を考案したのはイタリア の医師サントーリオ・サントーリオ ( 1612年 説もある)といわれている。サントーリオ・サントーリオは ガリレオ・ガリレイ] の同僚であり、その発明である温度計を使って人体の温度を測定した。長く使われていた水銀体温計は、1866年、ドイツのC.エールレが考案し、日本においては1921年、北里柴三郎博士などの医学者が設立した会社が製造した。

*2 “And now here is the fever forecast ”  The  Economist March 28th-April 3rd 2020

 

追記(20200410):

日本でも和歌山県立医科大学などが新型コロナウイルスの濃厚接触者の「健康管理」を目的としたアプリを開発、同県保健所などで使用されていることが報じられた。アメリカ、イギリス、シンガポールなどでも同様のアプリが開発され、導入されていることが短いニュースだが報道されている。
(4月10日朝NHKニュース) 

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