'The perils of oblivion' The Economist August 29th-September 4th 2020
「忘却の危機」The Economist 「認知症 dementia」特集カヴァー
新型コロナウイルスの世界的感染拡大は、歴史観を変えるほどの衝撃を世界に与えた。人間社会の健康面にとどまらず、経済、政治、科学、文化など、ほとんどあらゆる面に深刻な影響を与えている。現在でもその収束の見通しは明らかではない。しかし、これまで世界に影響を与えた感染症の多くは、治療薬、ワクチンなどの開発で、ほぼ抑止されてきた。新型コロナウイルスに対する医療・介護・看護など、医療従事者を中心の多大な努力で、前方にかすかに光が見えてはきた。安全で有効なワクチンが実用化されれば、収束への道は大きく開かれる。
日本では成立したばかりの新内閣が、新型コロナウイルス感染の克服を第一の政策目標に掲げている。そのことは1~2年の短期を視野に入れれば、妥当と考えられる。しかし、より長い時間軸で未来を視野に入れると、新型コロナウイルスよりもはるかに困難な問題がすでに存在することに気づかされる。それは「認知症」dementiaへの正しい理解と国家としての政策樹立である。
「認知症」への正しい認識を
新しい世紀を迎えた頃から、ブログ筆者はこの病に侵された人々の話を聞く機会が増えてきた。親子などの近親者の間でも、しばらく顔を見せないと「あなた誰?」といわれるというような話は、何度か聞いている。こうした話をしている本人は苦笑いしているが、心の中の例えようもないつらさ、悲哀は痛いほど分かる。認知症は残酷な状態を作り出し、人々から喜びと希望を奪い去る。新型コロナに対するロックダウン中における日常的、社会的な接触の遮断は、認知機能の低下を早めた。認知症が原因として特定された死亡者数も増加した。
日本では成立したばかりの新内閣が、新型コロナウイルス感染の克服を第一の政策目標に掲げている。そのことは1~2年の短期を視野に入れれば、妥当と考えられる。しかし、より長い時間軸で未来を視野に入れると、新型コロナウイルスよりもはるかに困難な問題がすでに存在することに気づかされる。それは「認知症」dementiaへの正しい理解と国家としての政策樹立である。
「認知症」への正しい認識を
新しい世紀を迎えた頃から、ブログ筆者はこの病に侵された人々の話を聞く機会が増えてきた。親子などの近親者の間でも、しばらく顔を見せないと「あなた誰?」といわれるというような話は、何度か聞いている。こうした話をしている本人は苦笑いしているが、心の中の例えようもないつらさ、悲哀は痛いほど分かる。認知症は残酷な状態を作り出し、人々から喜びと希望を奪い去る。新型コロナに対するロックダウン中における日常的、社会的な接触の遮断は、認知機能の低下を早めた。認知症が原因として特定された死亡者数も増加した。
この問題にはかなり前から関心は抱いてきたが、新型コロナウイルス問題以上に、正しい認識と政策対応が必要になっている。現実は厳しく、新型コロナウイルス問題の比ではないとブログ筆者は感じている。メディアでも「認知症」への関心は高まっている*。
*たとえば、NHK連続ドラマ「ディア・ペイシャント 絆のカルテ」(なぜことさらに分かりにくい英語を使うのだろう)でも取り上げられていた。やや拙速に問題を作り上げ、結論に導くという点はあったが、認知症の難しさは伝わってきた。ドラマは最終回ハッピー・エンドに近くまとめてあったが、むしろ答えのない「オープン・エンド」にした方が問題の厳しさを客観的に伝えることができたのではないか。
世界がコロナ禍の中で右往左往しているさなか、長年にわたり購読してきた雑誌 The Economist *が、The perils of oblivion (’忘却の危機’)と題して「認知症」特集を組んでいる。改めて、その悲惨さ、深刻さ、影響の大きさを実感させられた。世界では今やcovit-19に次ぐ死者数が記録されている。
「認知症」については多くの誤解もあり、正しい知識の普及が必要だ。「認知症」とは病名ではない。ある特有の症状や状態を総称する概念である。よく誤解されているように、「もの忘れ」とも峻別されねばならない。中心は加齢に伴って増加する症状だが、若年者層でも起こる症状でもある。今日の段階で、完治が期待できる有効な治療薬はないが、症状を改善したり、発症を遅らせることはできる。
コロナ禍の裏側で
世界が新型コロナウイルスに翻弄されている裏側で、静かにしかし冷酷に人類に迫っている認知症への正しい理解と取り組みが必要ではないか。日本は世界でも際立って高齢化が進行し、人口の28%は65歳以上、90歳以上の人は240万人、100歳以上は7万人を越えている。日本は世界でもこの問題の最前線に置かれ、最も厳しい対応を迫られていることを認識すべきだろう。問題を正しく理解するための知識の普及と指針の提示が必要ではないか。認知症は加齢にともなう「物忘れ」ではない。人間の究極の本質、倫理的な領域に深く関わる問題と理解すべきだろう。
世界が新型コロナウイルスに翻弄されている裏側で、静かにしかし冷酷に人類に迫っている認知症への正しい理解と取り組みが必要ではないか。日本は世界でも際立って高齢化が進行し、人口の28%は65歳以上、90歳以上の人は240万人、100歳以上は7万人を越えている。日本は世界でもこの問題の最前線に置かれ、最も厳しい対応を迫られていることを認識すべきだろう。問題を正しく理解するための知識の普及と指針の提示が必要ではないか。認知症は加齢にともなう「物忘れ」ではない。人間の究極の本質、倫理的な領域に深く関わる問題と理解すべきだろう。
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N.B.
認知症は高齢化ととともに急増する。世界で最も高齢化が進んだ日本では、認知症の深刻さも最も厳しく国民に迫っている。
認知症は世界で5000万人以上に影響を及ぼしている。有病率は年齢、とともに増加する。
65-69歳層の1.7%に認知症があり、発生率(新しい症例の数)は5年ごとに2倍となるとの推定もある。ある推計では85歳時点で3分の1から半分が認知症を発症している。
認知症のタイプとしては、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症の3つが知られているが、他にもある。日本人ではアルツハイマー型が最も多いとされる。
N.B.
認知症は高齢化ととともに急増する。世界で最も高齢化が進んだ日本では、認知症の深刻さも最も厳しく国民に迫っている。
認知症は世界で5000万人以上に影響を及ぼしている。有病率は年齢、とともに増加する。
65-69歳層の1.7%に認知症があり、発生率(新しい症例の数)は5年ごとに2倍となるとの推定もある。ある推計では85歳時点で3分の1から半分が認知症を発症している。
認知症のタイプとしては、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症の3つが知られているが、他にもある。日本人ではアルツハイマー型が最も多いとされる。
患者数は厚生労働省によると、認知症である人の数は2012年時点で462万人と推計されている。これは高齢者の約7人に1人に相当する。団塊世代が75歳以上となる2020年時点では700万人前後、高齢者の5人に1人に認知症の症状になるとされている。認知症は日本人にとって一段と近い存在となる。
健常な状態から認知症にいたる中間の段階として軽度認知障害(MCI)という概念が設定されており、この段階から適切な治療や予防に取り組めば、認知機能の改善や症状の進行を遅らせることができる。この段階にある人は厚生労働省が2014年に公表した結果によると、軽度認知障害(MCI)または認知症の高齢者は約862万人とされる。65歳以上の4人に1人に相当する。
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認知症という人間の根幹的、倫理的領域にかかわる問題への対応は、新型コロナウイルスなどの感染症とは異なる視点が必要である。ここでは、The Economist 誌にならって、この問題を考える場合に考慮すべきいくつかのテーマを記しておこう。
★認知症の治療法の探求はうまくいっていない
現在の段階では、症状の根本的改善に効果がある感染症の場合の治療薬、ワクチンのような治療手段は開発されていない。
★認知症の治療法の探求はうまくいっていない
現在の段階では、症状の根本的改善に効果がある感染症の場合の治療薬、ワクチンのような治療手段は開発されていない。
★認知症ケアは誰がそれをするか
「神の待合室」ともいわれる認知症の段階では、医療・看護・介護者などのケアの必要度が年々増加する。
すでに長寿への道が良いことばかりではないことに、国民は気づいている。しかし、医療を中心に有効な手段は限りがあり、高齢化の進行に伴う認知症の増加に医療、看護、介護などの分野に従事する人々は顕著に足りなくなっている。
★認知症ケアに資金は誰が提供するか
高齢化にともない治療薬などの開発費用、医療・看護・介護などに当たる従事者が増加の一途をたどる。必然的に認知症ケアに必要な資金が増加するが、その負担を誰がするかという大きな問題が発生する。必要な資金額はほとんど不可逆的に増加する。
★低賃金経済へのケア依存は増えるか
ヨーロッパの一部には、ケアに必要な負担を軽減・回避するために、東南アジア諸国への観光旅行の名目で看護・介護費用の負担軽減をはかる動きもある。しかし、これは富める国、富裕層などの一時的逃げ道に過ぎず根源的解決にはつながらない。
★認知症の人の基本的権利をどう守るか
認知症への対応には苦悩に満ちた倫理的ディレンマの問題が生まれる。人間としての尊厳をいかに守るか。認知症への対応として安楽死、自殺支援などを認める国では、問題は最も先鋭化し激しく対応は困難を極める。認知症になった人が、自らの判断で、今が正しいと思う時に、最後の判断をできるだろうか。たとえ、認知症についての安楽死が認められている国でも、未だ人間である患者の最後を心にわだかまりなく決断できるだろうか。目の前にいるのは、死者ではない。生きている人間 Humanなのだから。
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*’Special report Dementia: The perils of oblivion’ The Economist, August 29th 2020