コロナ禍が収束するか不明なままに、2年が経過しつつある。クリスマスも目前になった。この時期にふさわしいと思われるテーマを選んでみた。
あなたは次のどちらの絵がお好みでしょうか。
下段の2点の画像はカラヴァッジョ (1571-1610)とジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)という17世紀を代表する巨匠が,同じ主題《羊飼いの礼拝》the Adoration of Shepherds を描いた作品である。イタリアとロレーヌという風土も反映するのだろうが、両者の作品が与える印象はかなり異なり、きわめて興味深い。制作に当たっての画家の考え、手法などには注目すべき差異がある。その点を知ることは、この二人の巨匠の作品理解にとって極めて意義のあることに思われる。
1609年に制作されたカラヴァッジョ《羊飼いの礼拝》は、画家の作品の中では傑作のひとつと言われるが、この画家の代表作というわけでは必ずしもない。制作の時期、この粗暴な画家は大きな罪を犯し、追われる身にあった。
二人の画家に共通するものは、画面に漂う夜の静寂と容赦ない光の氾濫からの休息である。柔らかな光が聖母と幼な子に集中する。しかし、画面を輝かせる光の根源は何処か分からない。
カラヴァッジョの作品は、聖母マリアとその手に抱かれた幼な子キリストに見る人の視線が集中し、祝福に訪れた羊飼いたちとの間には微妙な間隔がとられている。画面から伝わってくるのは、この画家特有の強いリアリズムであり、昼とも夜ともつかない黒褐色が優った暗い色調の中に人物が浮かび上がっている。背景は納屋の壁だろうか。よく見ると、微かに牛の頭のようなものが描かれている。
Michelangelo Merisi da Caravaggio, The Adoration of the Shepherds,
oil on canvas, 314x211 cm,Messina, Museo Regionale
他方、ラ・トゥールの作品では、見る者の視線はまず中心に眠る幼な子イエスに集まる。それと共に左側の聖母マリアとみられる女性の姿と表情にも自ずと視線は向かうだろう。幼な子は世界で一番可愛く描かれているともいわれ、独特のおくるみ dwinddling 姿とともに、見る人の網膜に残る。
聖母マリアの姿はその表情とともに注目を集める。突如として自らが負うことになった重い位置と役割に戸惑っているような複雑な面持ちである。画家の深い思索の表れといえる。画面全体の印象はカラヴァッジョの作品と比較すると、狭い空間に羊飼いを含めて隙間なく描かれ、親しい者たちが寄り集まったような暖かな感じを与える。人々の間から子羊が藁の一本を差し出しているのも、ほのぼのとした温かみを与えている。ヨセフと思われる右側の男性がかざす蝋燭の光で、夜ではないかと思われるが、いかなる場所であるかはまったく分からない。全体に鄙びた雰囲気が漂っている。
他方、ラ・トゥールの作品では、見る者の視線はまず中心に眠る幼な子イエスに集まる。それと共に左側の聖母マリアとみられる女性の姿と表情にも自ずと視線は向かうだろう。幼な子は世界で一番可愛く描かれているともいわれ、独特のおくるみ dwinddling 姿とともに、見る人の網膜に残る。
聖母マリアの姿はその表情とともに注目を集める。突如として自らが負うことになった重い位置と役割に戸惑っているような複雑な面持ちである。画家の深い思索の表れといえる。画面全体の印象はカラヴァッジョの作品と比較すると、狭い空間に羊飼いを含めて隙間なく描かれ、親しい者たちが寄り集まったような暖かな感じを与える。人々の間から子羊が藁の一本を差し出しているのも、ほのぼのとした温かみを与えている。ヨセフと思われる右側の男性がかざす蝋燭の光で、夜ではないかと思われるが、いかなる場所であるかはまったく分からない。全体に鄙びた雰囲気が漂っている。
ロレーヌの画家ラ・トゥールにとって、作品《羊飼いの礼拝》は、今日に残された作品数が極めて少ないこともあって、この画家の制作に当たっての思想、制作手法を知る上で極めて貴重な意味を持っている。制作年代はカラヴァッジョよりも30年くらい後の時代である。1640年台のロレーヌは絶え間ない戦乱の地であり、さらに頻繁に発生する飢饉と度々襲ってくる悪疫に、人々には苦難が絶えなかった。日々の生活には安心の時が少なく、未来への不安感に絶えず苛まれていた。わずかに城郭で囲まれたリュネヴィルの地は、城外の災害、災厄から、かろうじて城民の生活を遮っていた。
Georges de La Tour, The Adoration of the Shepherds, oil on canvas, Paris Musee du Louvre
Georges de La Tour, details Caravaggio, details
Georges de La Tour, details
美術史の発展の過程で、単にカンヴァスの表面に描かれたイメージの段階に止まらず、制作の手法や材料にわたって、作品をひとつの記憶の場として科学的に分析する領域が生まれた。絵画は単に画布に描かれたイメージの次元に止まらず、それが生まれた時代、画家の人生と一体化した作品として理解しようとの試みである。その試みの一端を記しておきたい。
稀有の天才だが荒くれ者であったカラヴァッジョは、ダークブラウンのカンヴァスをしばしば使い、下地に直接的、一気に絵筆を使っている。これに対して北方ネーデルラントのカラヴァジェスティやロレーヌのラ・トゥールなどの間には、背景などの色調に微妙な違いが見られる。
科学的手法の成果
この点を解明するに、赤外線写真、紫外線蛍光写真、X線写真、絵具層断層面の調査(クロスセクション)などによって、画家の制作の跡をできる限り、深部に渡って厳密に探索して作品の新たな読み方を提示する試みがなされてきた。署名や年記の不明な作品あるいは経年劣化した作品の修復について、科学的手法を活用して、制作当時の画家の意図を確かめ、対応する。
滅失、逸失などで現存作品数が極度に少なく、署名や年記の記載が少ないラ・トゥールの作品については、この観点からの調査、研究で多くの知見が生まれ、蓄積されてきた。フランス博物館科学研究・修復センターを中心に、内外のいくつかの美術館などが研究を行なってきた。
最初の貢献はX線写真である。X線は鉛白のような物質には吸収されるため、写真では明るく写る。一方、土性顔料やグレーズ*などは通過する。このように各層の厚さや成分によって違いが生まれ、画像が形成される。制作者か後世の修復家の手になるものかも判別できることがある。
*Glaze:厳密な定義はないが、通例では顔料を少量含む被覆加工をいう。特質はその透明性にある。不透明、淡色の顔料を用いた場合は、<ぼかし> scumblesと呼ぶ。
画家ラ・トゥールは結婚後、妻の生まれ育ったリュネヴィルで工房を持ち、画業生活を送った。度重なる戦乱、火災などで、この間に制作されたであろう多数の作品は逸失・滅失し、今日でも世界中で50点余りの作品しか残存していない。上掲の作品はフランス王からロレーヌの総督に任命されたラ・フェルテ Marquis de La Ferte に市民から贈られたものであったがために、幸にも今日まで継承されてきたとも思われる。画家には市民に課せられた税金から700Fという多額が支払われた。
変化する地塗り
16世紀から17世紀初め、パリ、フランドル、ロレーヌなどでは、工房での地塗りの方法が変わりつつあった。最初は白亜(chalk: 天然産の炭酸カルシウムの一つ。イギリス海岸、北フランスなど広く鉱床がある)を中心とした白い地塗りが行われていた。その後、少し褐色の色がついた(天然の)土性の粉(鉛白、白亜、オーカー)をリンシド油に溶かして塗るようになっていた。さらに少し黄色味を帯びた白色塗料を塗った。そして最後にもう少し地色の濃い塗料を塗ってよく乾かして仕上げた。
比較的最近行われた上掲のカラヴァッジョの《羊飼いたちの礼拝》(メッシーナ地方美術館)とラ・ トゥールの《羊飼いたちの礼拝》(ルーヴル美術館蔵)の比較研究によると、カラヴァッジョの作品の地塗りは赤褐色を帯びた濃い色だが、ラ・ トゥールの作品の地塗りは白色系で、画家は表面の絵の具を巧みなグレージングで溶かして制作していたことが判明している。これは1620年代初期、カラヴァジズムがヨーロッパを席巻していた頃、ホントホルストやフレミッシュの画家が使った手法といわれる。こうした画材の化学的分析からも、作品年代の推定が可能になったことも近年の美術史研究の成果である(Merlini and Storti, 2010, p.187).
カラヴァッジョとラ・トゥールの制作技法の違いを示すのが、両者の作品の一部を採取した標本の断層面である。これらの標本から知り得た事実については、次回に記すことにしたい。
カラヴァッジョ ラ・トウール
続く
2011年11月25日から2012年1月8日まで、パリ、ルーヴル美術館がミラノで開催したラ・トゥール企画展では、《羊飼いの礼拝》と《大工聖ヨセフ》が展示の中心であった。