Laura Martines, FURIES:WAR IN EUROPE 1450−1700, New York, Bloomsbury Press, 2013.
ローラ・マルティネス『凶暴 戦争:ヨーロッパの戦争 1450–1700』
戦争は狂気、凶暴を生む
ロシアのウクライナ侵攻が今日のような惨憺たる事態になると、半年なり1年前に予想した人はいただろうか。今年1月時点でイギリスなどの職業的予想屋などの予想では、「ロシアがウクライナに侵攻する」ことがありそう(likely)としたのは43%だった。侵攻直前の予想の試みだった。結果は「予測できないこと」を「予測しようとしていた」にすぎなかったといえるかもしれない。
それにしても人間はなぜ、かくも争い、残酷な殺戮、戦争をするのだろうか。史上最初の危機の時代といわれる17世紀においても、戦争は異常気象、飢饉やペストなどの悪疫流行などと共に、人口の激減、社会的停滞、貧困などを生み出した大きな要因であった。
「危機」と「繁栄」の混在
こうしたヨーロッパの危機的状況にあっても、北部ネーデルラントや毛織物輸出に支えられたイングランドのように繁栄を享受していた地域もあったが、概してその他の地域はさまざまな危機的状況に襲われていた。17世紀のヨーロッパは、全般としてみれば「危機の世紀」という特徴が色濃かった。
「17世紀の危機」
こうした点からも、同じ17世紀ヨーロッパでも、ラ・トゥールが画業生活を過ごした飢饉、悪疫、戦争が絶え間なかったロレーヌと、繁栄し、レンブラントやフェルメールが創造性を発揮、活動できた市民生活が実現していたネーデルラントとは、環境が全く異なっていた。そうした差異は画家の制作活動を大きく制約するものであり、画家の制作に当たっての思想、生み出された作品も地域の置かれた特徴を反映したものとなった。
戦争のロジスティックス
近世初期、17世紀ヨーロッパは戦争と反乱が絶え間なく起きていた。17世紀で戦争のなかった時期は、わずか4年しかなかったともいわれるように、至る所で大小の戦乱が起きていた。今日判明している主要な戦争、暴動・反乱だけでも40をはるかに越える。動員されて各地を移動する兵力も2千人から4千人近く、彼らが通過する町や村は略奪、殺戮を免れなかった。実際、この時代の軍隊はすでに多くの町や都市の人口にも相当する規模となっていた。
17世紀ヨーロッパの軍隊の移動は、戦場での殺戮にとどまらず、略奪、暴行、飢餓、悪疫などを持ち込んだ。彼らは移動中の食糧などの必需品は原則、こうした町や村で購入調達するというのが、戦時のロジスティックス(兵站)であった*。現在展開しているウクライナのロシア軍のように後方基地から輸送して支給するようになったのは後年のことである。
*この方法は étapesといわれ、1550年代にフランス軍が始めたものであった。軍は宿営する小さな町村で食糧などの必需品を購入するなどして調達した。しかし、兵士の多くは傭兵であり、盗み、略奪などの行為は頻繁にみられた。
ラ・トゥールが工房を持ったリュネヴィルも1638年秋のフランス軍の徹底した破壊行為で壊滅状態となった。この画家の作品や記録が極めて少ないのは、こうした出来事で作品などの逸失、滅失が深刻であったためと推定される。
ヨーロッパの近世への移行は激動、危機感に満ちていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
時間軸を下り、ロシア軍の突然の侵攻がもたらしたウクライナの惨状は、TVやSNSなどメディアの進歩によって眼前に映し出されている。規模においてはもはや第2次世界大戦にも匹敵するとまでいわれるこの戦争は「劇場化」し、臨場感はあるものの、残酷な光景を前に解決の手段を持たない者にとっては焦燥感が募るばかりだ。
ウクライナ紛争では、ロシア軍の侵攻以来わずか5週間で、400万人以上がポーランドなど他の国に避難を求め、さらに数百万人がウクライナ国内で避難を余儀なくさせている。
ロシア軍の侵攻を指揮するプーチン大統領は「裸の王様」といわれながらも、ヒトラーのごとき専横な独裁者として、“ナチ化“したウクライナを攻撃すると主張している。
他方、世界レヴェルではほとんど無名であったウクライナのゼレンスキー大統領は、今や「国民の僕(しもべ)」として、TVスターの座から要塞化した大統領府へと舞台を移している。キーウの奥深く土嚢や対戦車地雷で守られた要塞には「ウクライナ国大統領府」という札が掲げられている。
今やトレードマークとなった黄褐(カーキ)色のシャツ姿で、大統領はインタビューに答える:
「こんなに難しいとは思っていませんでした。私はヒーローではありません」
「あなたがロシア語で尋ねるとき、私はあなたにロシア語で答えます。あなたが英語で尋ねるとき、私はウクライナ語で答えます」
ゼレンスキーは、一人の男がすべてをコントロールすることはできず、またそうすべきではないと信じている。
References:
Laura Martines, FURIES:WAR IN EUROPE 1450−1700, New York, Bloomsbury Press, 2013.
著者はイタリア、ルネサンスおよび近代初期ヨーロッパを専門とする著名な歴史家。本書は17世紀ヨーロッパの戦争の実態を仔細に分析した好著である。
Interview: Volodymyr Zelensky in his own world, , March 27th 2022 https://www.economist.com/Europe/volodymyr-zelensky-on-why-Ukraine-must-defeat-putin21808448
大変興味深いインタビューだが、The Economistの購読者のみがアクセス可能。
朝日新聞国際報道部 駒木明義・吉田美智子・梅原季哉『プーチンの実像」朝日文庫、2019年
‘Putin’s botched job’ The Economist February 19th-27th 2022
‘Where will he stop?’ The Economist February 26th-March 4th 2022
最近のメトロポリタン美術展(新国立美術館)で急に知られるようになりましたが・・・・・・。
続く