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石破首相とトランプ大統領の日米会談(2月7日)について、『朝日新聞朝刊』「天声人語」は「失礼な例えになるだろうか。」との書き出しで、次のように形容した:「下請け会社の社長が、取引先を訪れた。変わり者の新任社長に挨拶する。生殺与奪の権を握られた立場だ。お世辞のひとつも言い、丁重にお願いする。従来通りの契約をと。とりあえずはOKの返事だ。でもこの先はわからない。(後略)」(『天声人語』2025年2月9日付)
なんともストレートな例えだが、両者の位置関係を言い得て妙だ。
こうした状況で、今後最長4年間と予定されるトランプ政権を「黄金時代」の到来と表現してみても、アメリカはともかく、日米関係は昔も今も対等にはほど遠い。
それでも石破茂首相は強行日程で臨んだトランプ米大統領との初会談を大きな波乱なくひとまず成功させたようだ。だが、その実態はひたすらトランプ大統領を「持ち上げる」ことに徹し、『天声人語』の内容を裏打ちした形だ。
紛糾するUSスチール問題
石破首相のトランプ大統領との会談では、対面での首脳の衝突を回避しようとの配慮のためか、利害が激突する問題、とりわけ日本製鉄によるUS スチール*の買収問題については、「買収」は認めないが、全株式の半数に達しない「投資」ならば、アメリカの鉄鋼業の再建に資する限りで認めようとの内容だった。日本側の意向とも異なった、やや分かりにくいトランプ大統領の提案であった。トランプ大統領は、日本製鉄が米USスチールを買収するのではなく、同社に大規模投資を行うつもりならば認められると発言したようだ。
日本製鉄によるUSスチール買収の阻止を決めたのはバイデン前大統領だが、トランプ大統領もUSスチールのように、かつて米国を象徴していた企業を日本製鉄が買収する計画に反対していた。なぜ、トランプ大統領も買収に反対したのか。会談では石破首相がトランプ発言の詳しい説明を求めるなど、更に深入りすることを避けたため、問題の詳細な展開は首相帰国後に残されていた。
良き時代への郷愁
石破首相の帰国を待っていたかのように、トランプ大統領が承諾したUSスチールへの「投資」の意味、内容について関係者の間で疑問が沸騰した。
アメリカ側はなぜUSスチールの「買収」にそれほどまでにこだわるのか。アメリカの大企業の買収の例はすでに多々あるのではないか。そして大統領までもが当該企業が日本という外資の手に渡ることに反対するのか。この点については、日本のマスコミは一般の日本人には理解し難い、アメリカ人の間に深く根付いている「USスチール」という企業への特別な執着があることをもっと説明しなければならない。この点は、鉄鋼労働者の間に、民主党支持離れが起きている状況とも関連する(The Economist 2024 Dec.19)。
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*USスチールは、United States Steel Corporation の略称である。アメリカ合衆国ペンシルバニア州ピッツバーグに本社を置く。設立は1901年、J.P.モルガンとエルバート・ヘンリー・ゲーリーが保有していた鉄鋼企業の合併によって設立された。当時はアメリカの鉄鋼の約3分の2を生産していた巨大企業であった。同社の行動は、しばしば大統領、合衆国議会、連邦最高裁判所などが介入することになった。更に、労働運動においても、全米鉄鋼労働組合(USW)の基盤ともいうべき存在であった。実際、この度もUSWの執行部は買収に反対している。歴史的には民主党の地盤であったUSWも、今回はトランプ大統領支持の組合員が多いとされる。同社の成立と発展については、アメリカの歴史教科書にも必ず登場している。いわばアメリカ合衆国の象徴あるいは記念碑とも言える巨大企業なのだ。
それが、今日、アメリカ人の手から離れ、日本という外国資本へ渡り、社名も近い将来変更されるかもしれないという動きには、過去の同社の栄光を知るアメリカ人にとっては、にわかに認め難い出来事に感じられるのだろう。
更に、トランプ大統領は会談後の記者会見で「誰もU.S.スチールでは過半数の株式は保有できない。他の企業ではできるかもしれないが、USスチールは別だ・・・・。ただ、投資ならば認めよう。そして投資は別の問題だ」と述べている。
“Nobody can have a majority stake (in) US Steel. They can for other companies, but not for US Steel,” Trump told reporters. “But they are allowed to invest in it, and that’s different.” He said his team would see Nippon Steel executives “to mediate and arbitrate.”
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同様な印象は、競争力があるので問題化してはいないが、同じピッツバーグに本社を置くALCOA(Aluminum Company of America: 直訳すれば、アメリカのアルミナム会社)についても生まれるかもしれない。こうした企業は、カーネギー、メロンなどのアメリカを代表する著名な巨大財閥の傘下に生まれ、企業活動の分野にとどまらず、大学(カーネギー・メロン大学など)その他の文化面の振興でも大きな役割を果たしてきた。
トランプ関税政策の展開
石破首相の帰国に合わせて、トランプ大統領は米国が輸入する鉄鋼とアルミニウム製品の全輸入品に25%の追加関税を課する大統領令に署名した。3月12日以降、通称拡大法232条に基づき、日本を含む世界の各国に発動するとしている。
トランプ大統領は、第一次政権下の2018年に、鉄鋼に25%の関税を課した。しかし、その後、主要供給国のカナダ、メキシコ、ブラジルなどには課税の適用除外を認めてきた。日本についても2022年、バイデン政権当時、125万トンの輸入までは無関税とする措置とする合意が成立し、上限内での輸出が続いてきた。
しかし、実施までに約1ヶ月を残している現在、トランプ大統領の提示した関税引き上げ案はいわば、交渉のための第一次案に相当し、すでにオーストラリア、EU、そして日本も関税適用除外を求める要請を行いつつある。今後、これら関係国との間で状況に応じて個別の取引(ディール)が展開すると見られている。
いわば、トランプ大統領の大統領令はその後の関係国間とのディールを開始する第一次案、アドバルーンのようなものと考えられる。発布されると、直ちに相手方関係国が反応し、修正、取り下げなどを求める政治的交渉が始められる。現に日本も武藤経済産業相は、日本を今回の鉄鋼・アルミ関税引き上げの対象から除外するようアメリカへ申し入れたことを明らかにした。第一次トランプ政権の時と同様に、これから民間ビジネスのような交渉が始まるものと思われる。
これまで長年にわたりビジネスの世界に過ごしてきたトランプ大統領にとっては、関税設定のプロセスも取引というビジネスの領域なのだろう。取引の最初に高い要求を掲げることで、アメリカの強さを誇示する。こうした行動に慣れない各国の政治家は、今後もかなり翻弄されるのではないか。しばらく、世界はトランプ・スタイルの取引きのスタイルに慣れるまで、右往左往させられるだろう。
REFERENCES
本ブログ筆者は、長年にわたり、アルミなど金属の外資提携企業、OECD工業委員会などにアドヴァイザーとして勤務した経験があり、かなり多くの分析、調査に関わった。かなり古い話だが、今日の出来事に繋がる部分もあり、ブログ筆者の記憶を取り戻す意味も兼ねてそれらの中から、今回の問題に関係するタイトルを挙げておく:
OECD, PROBLEMS AND PROSPECTS OF THE PRIMARY ALUMINIUM INDUSTRY, 1973 (『アルミニウム製錬工業』OECD工業委員会作業部会編著(軽金属協会刊行、1974年)原著編纂作業、邦訳
桑原靖夫「アルミニウム産業」『戦後日本産業史』日本産業学会編 東洋経済新報社 1994年
同上 「アメリカ産業 新生への動き」『エコノミスト』1983年5月17日号
日本労働協会編『海外投資と雇用』1964年