時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

終わりの始まり:EU難民問題の行方(21)

2016年04月29日 | 終わりの始まり:EU難民問題の行方

 


 一時はヨーロッパ中が移民、難民で溢れかえるのではないかとまで危惧された難民・移民問題だが、3月20日EUとトルコとの間で慌ただしく取り決められた協定によって、表面的には落ち着いたかにみえる。関係国はそれぞれ対応に苦慮し、追い詰められた状況での協定締結だった。しかし、問題の根源は根深く、これで問題が解決したとは到底いいがたい。政治家が一息ついただけのこととの厳しい見解も示されている。

 この協定は、ギリシャなどに滞留する、あるいは入国を目指す難民・移民をすべてEUの域外に位置するトルコへ送還するという思い切った政策である。EUへ間断なく流れこむ移民・難民の大きな流れを、エーゲ海を介在してギリシャとトルコの間で遮断するという内容だ。EUは難民を引き受けるトルコに、シリア難民約270万人の生活環境改善のために30億ユーロを早急に支払う、さらに状況次第で2018年までに30億ユーロを追加支援することことで合意が成立した。メディアを含め多くの人々が予想しなかった協定だった。事態は平静化するかに見えるが、根源の問題は未解決のままだ

 
協定では3月20日以降にギリシャに正当な入国書類なしに不法入国した者は、ギリシャに難民として庇護申請を行わないか、申請が却下された者はすべてトルコへ送還される。トルコを訪れたEUのトゥスク大統領は「難民にいかに対応するか、世界で最善の対応例だ」と、トルコ政府を賞賛したが、トルコのダヴトゥール外相は、トルコが協定の重要部分を充足したからには、EUはトルコ国民にシェンゲン協定区域へのヴィザなし渡航を早急に認めることが重要だと、したたかに応対している。協定では、トルコはそのために72項目の条件を充足しなければならないが、半分程度がクリアされているにすぎないとの見方もある。短時日の間に、トルコはこの問題のキャスティングボートを握った形であり、将来のEU加盟を視野に入れ、EUとの交渉上優位を維持した。

 合意発効を受けて4月4日から上陸地のひとつであるギリシャのレスボス島では、密航者の送還が始まったが、約6千人の対象者のうち実際に送還されたのは、2週間ほど経過しても230人程度にとどまっている。トルコへの送還候補者の審査に時間がかかり、基本的人権の尊重についての批判も相次ぎ、EUの新たな頭痛の種となっている。とりわけ、トルコが難民を送り戻すに「安全な第3国」と認めうるかという点に議論が集中している。トルコの政治情勢は安定しているとは言い難く、難民を生みだすシリアの状況も平静化とはほど遠い。

 ギリシャ側は1人あたり15日の期間で対象者の審査を行うと述べている。しかし、実際にはすでにドイツやスエーデンに父親などが入国していて、後から来た子供や配偶者などをいかに処遇するかなど、多数の困難な問題が提示されているようだ。ギリシャの庇護申請者センターの責任者は、これはヨーロッパや我々にとって実験だと述べ、対応が容易でないことを認めている。実際、さまざまな背景から正式入国が認められない難民・移民は、国境周辺などに劣悪なキャンプなどで、国境が再び開かれる日がくるのではないかと、日々を過ごしている。

ギリシャへ到着した移民は 2016年年初から4月4日までに152,137人
37%は子供
53%はレスボス島に到着
366人がトルコ・ギリシャルートの途上で死亡
2015年の到着人数は853,650人
Source IOM

シリア、つかの間の停戦か
  5日ドイツ・ハノーバーで開催されたオバマ米大統領と英仏独伊の首脳会議でも、シリア情勢をめぐり、アサド政権と反体制派の停戦合意が崩壊の危機にあることに「深い懸念」を表明し、派生的に引き起こされる移民・難民問題がヨーロッパに重大な影響を及ぼすことが議論になった。

さらに、会議の直前に、地中海でまた密航船事故が起きている。陸路が閉鎖されてしまったしわ寄せか、4月20日リビアからイタリアへ向かっていた密航船が転覆、約500人が死亡したとの発表がUNHCRからあった。難民や移民の多くは、行く手に国境などの障壁があれば、なんとか別の経路がないかとあらゆる手立てを尽くす。危険を顧みなければ、どこかに抜け道はある。

これまで難民の多くはトルコからエーゲ海を渡り、ギリシャ→マケドニア(あるいはブルガリア)→セルビア→クロアチア→スロヴェニア→オーストリア→ドイツという経路をたどることが多かった。ハンガリーは、早い段階で国境閉鎖を行っている。その後、スロヴェニア、マケドニアなども同様の動きに出たため、難民・移民の移動経路は著しく限られ、EU東端のギリシャに滞留しがちになっていた。一時は46,00人近い難民・移民がギリシャとの国境地帯で行き場を失い立ち往生した。

 EUートルコ協定によって、数ヶ月前まで、ギリシャのレスボス島の周辺はギリシャを経由してEUへなんとか入りたいと考えるシリア、アフガニスタン、イラクなどの難民・移民を定員以上に満載したボートであふれていた。しかし、今はギリシャの沿岸警備隊、FRONTEX(EUの国境管理機関)、NATOなどの沿岸警備関係の船舶が動員され、トルコ側からギリシャへ入国しようと企てる人々を海上で規制している。確かにトルコからギリシャへの入国者は減少したかにみえるが、事態は膠着状態といってよい。

現在の状況は水道栓を強制的に閉めたような状況で、締め出された難民はヨーロッパ内部とトルコなどに滞留している。移民政策とは、単に国境の出入国管理という次元での問題ではない。想定すべきことは、国境の背後に広がる受け入れ国社会の次元を包括するものであるなければならない。出入国管理の段階では、その国が必要とする外国人(労働者)を適切な形で受け入れる。ドイツはその判断が現実離れしていた。仮に今回メルケル首相が想定した人数を受け入れることが可能としても、問題がこれほど深刻化する前に受け入れ数を調整するなどの適切な措置がとれたはずであった。それでも、ドイツは実務レベルで入国希望者の減少に様々な手段を尽くした。昨年11月では20,000人近かった庇護申請者は今年3月には2,100人にまで減少している。

大改革が必要なEU難民政策
 財政再建などを抱え、国家的危機を迎えているギリシャの移民問題大臣は今回の協定は現在の状況では最善の案だと述べた。ひとつでも重荷を下ろしたいとの思いが伝わってくる。他方、EUは加盟国の間で難民を分担して受け入れる案は当面難しいことを認識し、今回の協定案で域外を遮断する壁を設定するしかないと考えているようだ。しかし、壁を前提とした対応は、EUの理想とは大きく離反したものだ

すでに、多方面からEU-トルコ協定が持つ欠点が指摘されている。たとえば、ジョージ・ソロスは、次の4点を主要問題として指摘している:
1)この政策は真にヨーロッパの利害を代表したものではない。トルコとの交渉で、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が主体に作り出したものだ。
2)全ヨーロッパ的視点から、難民・移民問題に対処するには、資金が決定的に不足している。
3)難民(庇護申請者)の自主性を無視している。現在の対応は、難民が移住したいと思わない国の土地に割り当てて居住させる。他方、条件を満たせず母国へ送還されるものもいる。
4)既にギリシャにいる難民に十分な収容施設も準備されていない。彼らの生活環境は劣悪化がひどい。

  EUは今回のEUートルコ協定で当座を凌ぎ、難民政策の抜本的改革を進める必要に迫られている。現在の協定はいずれ破綻することが目に見えている。根幹的部分で改革が必要なのは次の点である。 

1)難民申請者が最初に入国した国で、申請を行うという「ダブリン方式」は、実態にそぐわなくなっている。2015年8月にドイツが難民に制限を付することなく受け入れると表明したことで、この方式は機能しなくなった。今回も多くの難民が最初入国したギリシャで難民申請をすることなく、ドイツ、スエーデンなど、自分の最終的に望む国で申請したいという要望が強く、制度と実態が乖離してしまった。

2)これも、メルケル首相の寛容な政策も反映して、EU諸国の特定の国に、難民・移民が集中する事態が生まれてしまった。今後、EUが存続するためには、経済力など平等な基準で、加盟国がそれぞれ、応分に難民を受け入れる政策に改革する必要がある。。

EUの副委員長のティンマーマン氏も、現在のシステムは変わらねばならないとして、”将来に持続可能なシステムを共通のルールにしたがって制度化しなければならない。加盟国のより公平な責任とEUに入りたいと思う人々に安全で法律に支えられたチャネルを準備する」と述べている。また、ドイツ連邦共和国ウルフ前大統領が、指摘するように、イスラムもドイツそしてEUの一部として受け入れられるよう寛容さを増すことが必要だ。しかし、これは現状をみるかぎり、きわめて困難な課題である。ヨーロッパでも国民の平等レヴェルが高いことで知られてきたデンマークで起きているイスラームを排除することを目指す「豚肉給食問題」のように、人々の心の中に生まれる壁を取り除くためには、教育の徹底など、多大な努力が必要になっている。移民政策は、単に国境管理、収容、送還などの域を越えて、その背後に広がる国民の心の領域にまで深く関わっている。

 

 

References
クリスチャン・ウルフ「日曜に考える」難民流入にどう向き合うか」「日本経済新聞」2016年4月24日
”All quiet on the Aegean front”  The Economist April 16th 2016
european Commission, Commuication from the Commission to the European Parliament and the Council, Brussels, April 4, 2016. 



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