アメリカ・カナダ国境は、移民政策の議論ではあまり注目を集めることがなかった。全長8900キロメートルという長大な国境線であるにもかかわらず、アメリカ・メキシコ国境に比較すると、双方が先進国であり、問題が少なかったからだ。この国境、かつて何度となく行き来したことがあった。確かに出入国管理のわずらわしさを感じたことはなかった。しかし、最近は急速に変貌しつある。その兆候は、かつてこのブログに記したこともある。
国境管理が一段と厳しくなっている。そのきっかけは、やはり 9.11の同時多発テロである。カナダからアメリカへ入国する車の数は、年間トラック7百万台、乗用車3千万台といわれる。今年1月31日以降、これらの車は、テロリストのチェックリストとの照合、積荷検査、市民権証明書の提示の対象とされる。国境通過は、以前よりはるかに時間と手間を要するものになった。
影響は多方面にわたるが、とりわけアメリカ、カナダ両国にわたって企業活動を展開する自動車企業などの組み立て産業への影響が大きい。こうした産業では、これまでは国境をかなり自由に往来して、部品や完成品を移送していた。しかし、国境管理が厳しくなるにつれて、工場や倉庫などの配置を再検討せざるをえなくなっている。万一、国境閉鎖などの事態が起きると、生産活動は致命的な打撃を受ける。そのため、組み立て企業はできるかぎり、同一の国に関連工場を集めたいと考える。「ジャスト・イン・タイムよりもジャスト・イン・ケースに対応せざるをえない」と状況を調査したコンファレンス・ボードの報告書は記している。
国境強化の契機となったテロ対策の観点からは、アメリカにとってメキシコ国境よりはカナダ国境の方がテロリスト侵入のリスクが高いとされている。来年になると、アメリカ側はカナダ側から戻ってくるアメリカ人にパスポートを提示することを求める予定だ。テロリズムの脅威が早急に解消される見通しはない。
最終段階に入ったアメリカ大統領選で、NAFTA(北米自由貿易協定)はひとつの大きな論争点になっている。この協定の締結で、関係国の間の適切な資源配分がなされ、雇用創出につながると想定されてきた。しかし、期待されるような効果は生まれていない。
NAFTA成立当時は、低賃金志向型の産業はメキシコに移り、資本集約的な産業はアメリカ、カナダへ立地を重点移行し、それぞれに新たな雇用機会が生まれるだろうと期待された。しかし、現実は構想通りに展開していない。メキシコからの低賃金で働くことも辞さない多数の不法移民の流入、アメリカからの製造業の流出などは、その一端である。
そして、見通しを難しくしているのは、テロリズムの行方がほとんど見えないことにある。こうした要因が存在するかぎり、国境の壁は高くなるばかりだ。状況はNAFTA締結以前より悪化し、閉鎖的方向へと向かっている。アメリカの大統領選で民主、共和両党のいずれの候補が当選しても、国境線の管理を緩めることは現実的にきわめて難しい。アメリカの抱えこんだ問題の根は深い。
Reference
"A fence in the north, too". The Economist March 1st 2008.