時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

平壌に響いた「新世界」

2008年03月05日 | 雑記帳の欄外

  旧聞になってしまうが、2月26日、ニューヨーク・フィルハーモニックが平壌で公演した際の番組を見ることができた。指揮者ローリン・マーゼル。会場は東平壌大劇場だった。会場には北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)とアメリカ合衆国の国旗が飾られていた。開演に当たって両国国歌も演奏された。1950-53年の朝鮮戦争以来、実に55年間、北朝鮮人民の前に公然と星条旗が掲げられ、アメリカ国歌(Star-Spangled Banner)が演奏されたことはないそうだ。 

  北朝鮮側は未曾有の経済危機の最中に、会場の音響効果を改善するために大規模な改修工事まで行った。会場も当初予定した場所ではなく、1500人近くを収容するこの大劇場に変更されたらしい。弱みを見せたくなかったのだろう。

  ニューヨーク・フィルの団員やプレス関係者は、滞在期間中、お仕着せの見学コースだけが認められ、市内を見物するなどの自由行動は実質的に制限されたらしい。

  結局、公演会場に金正日総書記はお出ましにはならなかったようだ。TVで観ていたことは間違いないが。興味あることに、アメリカの前国防長官ウイリアム・ペリー氏も、観客の中に入っていた。日本ではほとんど報じられなかったが、この公演に際しては、日本人でイタリア在住の富裕なヨーコ・ナガエ・チェスキーナ(チェスキーナ・永江洋子)さんが資金面で支援の手を差し伸べられた。普通の日本人の発想の域を超えている。

  劇場でこの世紀の生演奏を聴くことができた北朝鮮側の観客が、いかなる基準で選ばれたのか分からないが、西欧の音楽など公然とは聞いたことがない人たちであった。演奏された曲目は、ワグナーの「ローエングリーン」序曲、ドヴォルザーク「交響曲第9番:新世界より」、ガーシュインの「パリのアメリカ人」、ビゼー:組曲「アルルの女」、ファランドール「キャンディード」序曲などであり、最後に南北朝鮮の暗黙の国歌ともいうべき「アリラン」が演奏された。これに聴き入る人たちの表情は印象的だった。

  この公演が純然たる文化活動でないことは言うまでもない。さまざまな思惑が背後で働き、実行されたことは間違いない。これまでもこうした「オーケストラ外交」が行われた例はいくつかあるが、政治・外交上の雪解け、融和につながった例はほとんどないらしい。しかし、少なくも演奏中は歪んで醜い政治の次元を離れることができたのだろう。観客は、スタンディング・オヴェーションで熱烈歓迎の意を表した。アメリカ帝国主義は嫌いだが、内心はアメリカ好きが多いらしい。彼らにとって、「新世界」はどのように響いたのだろう。

  

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