かつてアメリカでは、就任式を終えて、ホワイトハウスに入った新大統領は、道を隔てたAFL-CIO(米国労働総同盟産別会議、米国最大の労働組合連合体)本部に挨拶に出向いたという。特に、民主党の大統領であった場合は、労働組合は大きな支持基盤でもあり、「ビッグ・レーバー」といわれた一大勢力であったから、大統領自ら足を運んだのも当然だった。
ところが、今はAFL-CIOの委員長の方から、ホワイトハウスへ出かけるらしい。現在のジョン・スウィニー委員長は、ほとんど毎週訪れているとのこと。ちなみに、ブッシュ大統領は、8年間の任期中にスウィニー氏を招いたのは、わずか一回だった。
オバマ大統領は占拠活動中からも労働側に好意的(プロ・レーバー)であり、EFCA法案(後述)にも支持を表明している。労働長官には、労働組合ティムスターズのショップスチュワードの娘であるヒルダ・ソリスを任命している。
退潮傾向の労働組合
時代は大きく変わった。アメリカの労働組合組織率は、1980年の20%から2005年には13%まで低下してしまった。しかも、組合員の半数近くは公務員である。民間部門の組織率は8%程度にすぎない。労働者を代表しているとは、とてもいえない状況だ。近年では、2005年にティムスターズ、サービス従業員国際組合(SEIU)などがAFL-CIOから脱退するなど、組合運動の基盤は大きく揺らいでいる。 「ビッグ・レーバー」という表現はいつの間にか使われなくなった。
日本の推定組織率も、07年6月時点で、労働者の18.1%近くまで低下している。1970年では35.4%であった。傾向として低下しており、日米ともに、組合は労働者を代表しているとはいえない状況になっている。本来ならば、労働組合が最も働きを問われる時代のはずなのだが。
日本ではあまり報道されていないが、最近アメリカでは「従業員自由選択法」 The Employee Free Choice Act (EFCA) 法案(通称「カードチェック」法案)が、議会で審議に入っている。使用者の抵抗などもあって、遅々として組織化が進まない職場の状況を労働組合に有利な方向へ変えるよう支援する法案である。1935年制定以来のNational Labor Relations Act を修正し、従業員が組合を組織、加入することを支援することをめざしている。
現行の労働法では、組合が未組織の職場の組織化を図る場合、先ず、オルグの従業員は組合から白紙のカードをもらい、同僚の従業員の署名を集める。従業員の30%の署名をとりつけると、使用者に提示し、使用者は組織化について従業員の無記名投票を行うか決定する。しかし、実際には使用者側の干渉を防ぐため、組合側は従業員の50-60%が組織化に賛成を決めるまで使用者に開示しないことが多い。
投票を行うことになれば、NLRBの監督下で選挙を行い、過半数を得た組合が排他的団体交渉権を獲得する。このプロセス、いくつかの映画でもとりあげられた。少し古いが、南部の繊維工場を組織化する状況をテーマとした映画『ノーマ・レイ』(1979年)などでご存じの方もあるかもしれない。主役の女性ノーマが、選挙に勝った時に、UNIONと書かれたボードを高く掲げる光景が残像として残っている。しかし、これは組合がまだ組織力を発揮できた時代の映画だった。その後、企業の反組合的 union bashing な活動も強まり、組織率は低下を続けた。
「カードチェック」は起死回生の妙薬か
議会の審議過程でかなりの修正が行われるとみられるが、「カードチェック」法案の基本部分は次のようになっている。新法EFCAが成立すると、ある組合が従業員の過半数の署名をとりつければ、NLRBは当該組合を団体交渉のための排他的代表として認証する。しかし、もし30%の署名を得た組合が無記名投票を要請すれば、投票も行われる。EFCAは使用者でなく従業員に無記名投票するかの決定権を与える。この法案の発想の源は、カナダにあった。カナダでは一部の州を除き、交渉単位となる労働者の過半数の支持を得れば、選挙を実施することなく排他的交渉権を獲得する自動認証という仕組みを採用している。カダは労働組合の組織率が30%近くで、アメリカよりかなり高い。
賛否様々で、法案の帰趨は土壇場まで分からないといわれている。ケネス・アロー、ロバート・ソロー、ジョセフ・スティグリッツなどノーベル経済学賞受賞者を含む40人の経済学者が、労働者の交渉力の弱さが今回の経済危機を悪化させたとして、EFCAの支持表明を「ワシントン・ポスト」紙に出しているが、経済学者の間でも議論は分かれている。仮にEFCAが成立しても、組合活動が大きな復活の契機になる保証はなにもない。
労働組合という組織自体が、現代の労働市場にそぐわないものになっているという指摘もかねてからある。組合がここまで衰退してきたのは、組織分野の高賃金が仕事の機会を失わせるという労働者の見方の反映だともいわれている。現代の多様化した仕事の実態が、組合という集団的契約を主軸とする方向と、もはや合わなくなったという主張もある。
新しい運動は生まれるか
いずれにせよ、これまでの組合の延長線上では、組合の再生はありえないという見方に収斂しつつあるようだ。まったく新しい思想に基づく組合のイメージが必要とされている。従来からいくつかの試みがなされてきたが、たとえば社会起業家のサラ・ホロウィッツが組織したフリーランス・ユニオンが注目を集めている。独立した労働者の要望に応える形で、30万人を越える組織にまで拡大した。 仕事の性質から通常団体交渉はない。その代わりに、フリーランサーの仕事の条件作りに力を入れる。自ら利益無視の保険会社を設立し、安価な健康保険を供与し、政治的にも積極的に活動するという方向である。
政治的面でのひとつの成功例は、ブルームベルグ・ニューヨーク市長にフリーランスに減税を認めさせたことだ。ホロウイッツ委員長は長期的には保険ではなく、貯蓄をベースとする新しい失業給付システムを抗争しているという。ひところ「団結」solidarityについて語ることを嫌う風潮があったが、この大不況の中で、共通の目的のために集まるという動きが強まっているらしい。退潮著しいAFL-CIOの中にも、Working America という草の根レベルの組合が活性化している。かつての「ビッグ・レーバー」のイメージは、もはやそこにはない。 しかし、かすかながら、新たな芽生えがありそうな気配もある。
必要な自立の力の養成
さて、日本はどうだろうか。ようやく形の上では、政労使が一体となって雇用を創出するという動きにはなってきたが、具体化へのイメージは見えてこない。主として大企業、正規従業員が主体である企業別組合、そしてその上に立つ「連合」は、多くの点で限界が見えている。政策にも迫力が感じられない。労働者の数の上では少数派の組織が、大多数の未組織労働者の考えを代表することは本質的にできない。これは、日本を含めて各国の労働の歴史が証明している。正社員の組合が未組織分野を組織化しようと試みて、顕著な成功を収めた例は少ない。派遣労働者などの未組織労働者は、正社員組合の雇用安全弁に位置づけられてしまっているからだ。
今日の状況で、最も大事なことは、組織という支えがなにもない中小企業、非正規労働者などの声が、国の政策や自助・自立の道へ反映する仕組みを創りだすことではないか。労働者の大部分は未組織だ。セーフティ・ネットからこぼれ落ちやすく、改善への「発言」の道も限られている。
社会政策上のセーフティ・ネットを充実させる必要はいうまでもないが、労働者が自らの力で考え、現状を改善、向上させる仕組みを生み出すことが欠かせない。下からの新たな連帯の構想が必要になっている。「フリーランス・ユニオン」などのように、従来の路線とは異なる新しい観点に立った草の根レベルからの自己努力はどうしても必要だ。さまざまなNPOも活動し始めた。このブログでも、アルゼンチンの「連帯経済」、「回復工場」について記したこともある。セーフティ・ネットをしっかり張り直すことに加えて、当事者が自らしっかりと根を張って立ち上がる力を育まねばならないと思う。 春の到来、新しい動きが芽生えてほしい!
References
"In from the cold?" The Economist, March 14th 2009.
Albert O. Hirschman. Getting Ahead Collectively:Grassroots Experiences in Latin America. New York: Pergamon Press, 1984.
アルバート・O. ハーシュマン(矢野修一、宮田剛志、武井泉訳)『連帯経済の可能性―ラテンアメリカにおける草の根の経験』 法政大学出版局 2008