地方議会で現在は都道府県別にばらつき、差異のある最低賃金制度を改正し「全国一律」化を求める動きが広がっていると新聞記事*が報じている。2023年には、80議会が「全国一律を求める」意見書を採択したとのことだ。
*「最低賃金、一律に」広がる〜地方議会で意見書 人口流出に危機感」朝日新聞 朝刊、2024年3月3日
都市との賃金格差が、地方からの労働力流出、人手不足を生むとの危機感が広がり、こうした動きを生んでいるようだ。地域の活性化、再生を推進すべき時代に、現行制度はそれを逆行させる制度になっている。
30年以上前から、今回指摘されているような現行制度の欠陥、是正を指摘してきた筆者からすれば、今さらという感が強いのだが、早急に制度改革を行うべきだと改めて思う。現行制度では、中央最低賃金審議会が目安を定め、それを地方に下ろし、都道府県レヴェルの地方最低賃金審議会がそれぞれの地域に即した?最低賃金を決定、公示するという方式を採用してきた。
この問題について、筆者は納得しうる説明を主管官庁の厚生労働省からも聞いたことがなかった。現行制度への疑問点は数々ある:
1)世界でもこうした地域別の決定をしている国は少なく、G 7ではカナダと日本だけとされている。カナダの如き広大な面積を擁し、労働力移動も容易ではない国ならばともかく、アメリカ・カリフォルニア州ほどの面積に全国土が収まるくらいの日本で、どうして都道府県別にまで細分化して最低賃金額を定める必要、合理性があるのだろうか。労働力引き止めのために、都市に遜色ない賃金を支払っているとの地方企業もある。
東京圏を例にとれば、東京都と神奈川県、埼玉県などの隣接圏の間に僅かな格差を設定する意味がどれだけあるのだろうか。世界的にも類を見ないほど、交通網が発達している日本で、多くの人々が隣接圏から東京へ通勤している。県境を労働市場の境界の代理指標とする意味はほとんどなくなっている。
2)かなり以前から、各種の実態調査に携わった経験から、地方の経営者に最低賃金額を聞いたところ、正しい額を答えた経営者がきわめて少なかったという実態も存在した。現実に支払われる賃金額は地域別の最低賃金額よりも高い場合が多々あった。都道府県別に1円単位で最低賃金額を定める合理的根拠は薄弱で、納得できる説明を聞いたことがない。実態は賃金額が示すイメージとは異なる場合もしばしばなのだ。
3)最低賃金の全国一律化は、中小企業への影響が大きく、倒産が増える恐れがあるとの意見もあるかもしれないが、倒産を招く要因は人口の首都圏など都市への流出に起因する人手不足、結果としての地域の消費減など経済活動の低迷、地域の持つ魅力の喪失、不活性化など、最低賃金額以外の要因の方が遥かに大きい。
4) 厚生労働省の審議会で、毎年提示される最低賃金引き上げ額の目安決定では、「働く人の生計費」、「一般的な賃金水準」、「企業の支払い能力」などが考慮されるが、生計費の都市・地方間格差が大差なくなっていることなども指摘されている。
改めるに憚ることなかれ
地域別の最低賃金審議を廃止すると、衝撃が大きいとの反応に、筆者は移行・緩和措置として道州制レベルの地域圏まで、審議会の数を減らして広域運営するなどの提案をしてみたこともあった。
「急激な変化はゆがみを生む」(厚労省幹部談、上掲朝日新聞記事)と制度の改正、導入に慎重な考えもあるようだが、事実は逆で制度の欠陥がゆがみを生み出している。同様な問題は、技能実習制度の改革などについても筆者は数多く経験している。自分の任期中は、制度改革の提案につながることは報告書などに書かないでほしいと言った当該部門の幹部に、唖然としたこともあった。
現行制度は1958年に制定されており、形骸化が目立つ代表例のひとつになっている。ひとたび出来上がってしまった制度は、時間が経過するほどに桎梏と化する危険に思いをいたすべきなのだ。
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