ジョルジュ・ド・ラ・トゥールという画家の作品と生涯に惹きつけられて以来、図らずも同時代の多数の画家の作品を見る機会があった。その過程で多くのことを学んだが、ブログでは到底書き尽くせない。ブログ筆者の関心が画家の作品と生涯を一体としてみたいという次元にあるので、半世紀近く見てきた画家でも次々と新たな興味が生まれる。
1972 年のパリ、オランジェリーでのラ・トゥール大回顧展を見た当時を思い起こすが、カラヴァッジョ(1571-1610)の影響を受けたのではないかとの指摘は見られたが、二人の関係についての研究も初期段階にあった。カラヴァッジョに関する研究もその後の国際カラヴァジェスティ・ムーヴメントといわれる研究の進展を思うと、昔日の感がするほどであった。日本においては、カラヴァッジョ?、ラ・トゥール?「それ誰?」といわれたほどの知名度だった。ラ・トゥール(1593-1652)にいたっては、クァンタン・ド・ラ・トゥール(La Tour, Maurice-Quentin de, 1704-88、18世紀フランスの著名なパステル・肖像画家、ルイXV世の肖像画家)と混同されていた美術史家?もおられたほどだった。ブログ筆者も経験した本当の話である。
閑話休題。
これらの画家に魅せられてからしばらくして気づいたのは、作品の背景の色であった。純然たる黒色でもなく、褐色でもない不思議な色である。黒褐色とでもいえるだろうか。
画家や作品によって、濃淡や色調の差異はあるとはいえ、気づけば画面を支配する圧倒的な色である。電灯のような人工の光がなかった時代、昼とも夜ともつかない不思議な色である。
ラ・トゥールについては、しばらくの間「夜の画家」といわれていたが、『いかさま師』や『占い師』など昼光の下での光景を描いたと思われる作品が発表され、それらは「昼の絵」と形容されるようになった。しかし、画家自身は「昼の絵」、「夜の絵」と自ら意識して区分していたわけではなく、後世の美術史家がつけた区分にすぎない。強いていえば、世俗画といえる画題の作品に「昼の絵」という形容区分がなされているにすぎない。
この暗褐色ともいえる独特の色は、17世紀に入り、カラヴァッジョあるいはの作品などに顕著に目立つようになった。現代の美術史研究書などでは、「黒色」の分類に入れられていることもあるが、純然たる黒色というわけでもない不思議な色調である。
同時代の画家でも、カラヴァッジョの影響をあまり受けていない画家、風景画や背景に多くを描き込んでいる画家の作品ではあまり感じられない。ラ・トゥールの生まれたロレーヌは、現代でも夜は灯火が少なく、闇が支配している地域が多いが、リアリズムの画家といえども闇を描くにはかなり苦労したのではないか。17世紀の闇は、神秘で不安や恐怖が支配する空間だった。
この闇、夜を描くに当時の画家たちは、いかなる思いを抱き、カンヴァスに向かったのだろう。この問題について、しばらくメモを記しておきたい。
続く
N.B.
作品の色彩に関わる問題について考えるに際しては、現代における印刷や画像技術の発展が不可欠である。作品に対面し、問題意識を持って観察しない限り、ともすれば見過ごされてしまう。
カタログ、カタログ・レゾネなどの印刷技術の貢献は、この問題を考える場合に不可欠ともいえる。現作品に頻繁に対面できる機会は、一般には極めて限られているからである。
ちなみに、筆者の手元にある1972年のラ・トゥール展のカタロクは、表紙と7点の作品だけがカラー印刷であり、その他は全てモノクローム印刷である。
Exhibition Catalogue Cover
Georges de La tour,
Orangerie des Tuileries
10 mai - 25 September 1972