すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

野の花の美しさ、つよさ

2015年10月03日 | 読書
 【2015読了】95冊目 ★★★
 『野の花診療所まえ』(徳永 進  講談社)

 岩波書店の『図書』で著者の連載を読んでいる。言葉に対する感性に共感することが多く楽しみにしているが、この本は別の意味で刺激的だった。「自殺は、いい死の一つだとぼくは思う」と医師が書いた文章を今まで読んだことはない。そう考える人がいても不思議ではないが、あっさりと公言した文章にまず驚いた。


 「死」に対する向き合い方の問題であることはわかる。達観と呼んでいいのだろうか。死の現場を数多く踏んだからジタバタしないだけだろうか。悲しみの感情が薄かったり、醒めた感情しか持てなかったりするわけではない。数多くのキャリアによって、幸せの感情がどう流れていくかを見極めてきたからだろうか。


 「言葉ってすごい」という章のエッセイは、なかなか笑える。「がん」という病名を、「濁音抜きで、半濁音くらいで呼んだ方が暗くなく、明るく希望が持てるのではないか」と語る。そして「ポパ」と提案する。「肺ポパ」「乳ポパ」「大腸ポパ」…確かに気軽に手術を受けられそうな気がするし、言い合う表情も明るいが…。


 痴呆の方たちが「帰る」という言葉を頻繁に喋ることが書かれてあった。身内にもそうしたことがあったと思い出した。この「帰る」は実に意味深い気がする。著者は結局「帰郷」と同じ感覚と語りつつ、「帰る花」と表現する。「老いて死が近くなる時、人の心に帰る花が一斉に咲いてくる」…その根はどこにあるか。


 大病院を辞め診療所を開いた著者。あとがきで「組織が育っていないと単なる理想で終わってしまう」と言いつつ、「組織があるために認められず否定され終わる」存在に目を配っている。「野の花」と名づけた診療所は、単なる独自性だけでなく「傷ついていても、いやだからこそ美しい」という精神に支えられている。