耳が聞こえないケイコは浅草にあるボクシングジムに通い、プロボクサーとして戦う。
試合開始を告げるゴングも、試合の運び具合を指示してくれるセコンドの声も分からない中で競技を行う事は困難を伴う。それでも彼女を受け入れてくれたボクシングジムの会長の元、コーチたちの指導を受けて次の試合に向けて稽古を進める彼女。
映画序盤、リズミカルな稽古風景にハッとさせられる。テンポよく向けられるミットの動きに合わせてグローブをはめた彼女の腕がしなやかに軽やかにそして力強く動く。私は何故か、音がない世界は音と同時にリズムも無い物と勝手に思い込んでいたのだ。そんな事はない。無音の中でも多様なテンポのリズムは存在し、彼女はそのリズムを身体で感じ、跳ねるような練習を行っていたのだ。
ジムの会長は、愛想笑いの出来ない彼女を「彼女は目で見て真面目に取り組んでいる」と言い、彼女は「ホテルのベットメイキングの仕事のストレスをボクシングで発散するんです」と言い、相手への恐怖心やパンチの痛みを感じながらも、次の勝利に向けて淡々とジムに通い続ける。
今はボクサーとしての時間が彼女の心のバランスを保つ事に大切な事であることが、日常の景色と共に丹念に描かれていく。ジムの中でも、川べりのランニング中でも彼女の日常を彩る光にとげとげしい所がない。聞こえない事で時々起こる日常の行き違いも、ジムでパンチの痛みを感じることも、昼間の仕事を淡々と続ける事もすべてが彼女が等しく感じる彼女の日常なのだ。
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ジムの会長役の三浦友和の穏やかな雰囲気。また彼を支えるコーチの二人も会長と同様、彼女への向き合い方は情熱を内に秘めた真摯な雰囲気だ。ボクシングジムでの会長の存在の大きさを感じる。
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2023年 元旦、毎月1日は映画の日という事で、劇場は8割程度の入り。