「ハラスメントは、意識的に行うこともありますが、無意識に行う場合もあります。
そういったケースでは、何がハラスメントに該当するのかを知らず、自分の行為がハラスメントだと気づいていない可能性があります。・・・
会社内の組織や風土、職場環境に関する要因もあります。
目標達成を常に求められる、人手不足で、未習熟者への指導ができない状況であるなどの、日常的に強いストレス環境が、ハラスメントの要因になることもあります。
また、閉鎖的な職場環境で、一人がすべての権限を握り、誰も意見することができない状況であれば、パワハラなどが起こりやすくなります。」
職業柄、パワハラやモラハラの相談は日常茶飯事なのだが、ハラスメントの根本原因について、十分納得のいく説明を見つけることは難しい。
上に引用したのは、多く見られる説明だが、私見では、ほとんど説明になっていないと思う。
一つの手がかりは、ハラスメント行為をじっくり分析することであり、具体的には、パワハラやモラハラの加害者の言動を録音記録などで確認することが挙げられる(弁護士だと比較的簡単にサンプルが手に入る。)。
そうすると、おそらく、ハラスメントの多くが、「怒り」などの非常に激しい感情の発現であって、その根底には攻撃衝動があることが分かるだろう。
しかも、この攻撃衝動は、おそらく本能的なものである。
「攻撃は元来健全なもの、どうかそうあってほしいと思う。だがまさに攻撃衝動は、本来は種を保つれっきとした本能であるからこそ危険きわまりないのである。・・・攻撃の自立性を初めて認めたという点では、フロイトはほめられていい。事実彼は、攻撃をきわめて起こりやすくする原因の一つとして、社会的接触の不足、とりわけ接触の喪失(愛の喪失)をあげてもいるのである。これはこれとして正しい見方なのだが、これを取り違えてアメリカの教育者たちの多くが、子供たちを幼児からフラストレーションということを知らずにすむように守り、どんなわずかな点でも子供たちに譲るようにすれば、もっと神経質でない、外界にもっとうまく適合した、とりわけもっと攻撃的でない人間が育つだろうと考えたのはまちがいだった。この仮定のもとに方法を立てて子供を教育してみた結果は、攻撃衝動も他の大多数の本能と同じく、人間の内部から「自発的に」でてくることがわかっただけのことだった。」(p81~82)
「ノン・フラストレーション児童」の多くは、社会に出たとたん、その苛烈さに耐えきれず、ノイローゼになってしまった。
つまり、この教育法は、ハラスメントの被害者をつくり出すだけに終わったのである。