新城市の話題
時々取り上げている新東名高速道路経由の新城名古屋直行バス「山の湊号」の話題
これに関する記事が今朝のローカル紙「東日新聞」に掲載された(ネットで見たところ)
バス事業は約3年半の実証実験が終わり、行政は「今後も継続の必要があると判断」し
来期の予算計上をしたとある
その根拠となる理由も合わせて掲載しているが、実はここには触れられていないが
もう一つ無視されてはならない重要なニュースがある
それはある市民団体が「高速バス運行廃止の請願書」を市議会と市長に提出していることだ
特に市長に対しては約1700筆の署名を添えて直接手渡している(3月10日)
高速バスについては様々な意見が存在することは否定しないし、その一つ一つを批判する気はない
だが、情報(報道)の不平等性は気になる
市民の一部(?)とはいえ1700筆もの署名が集まった事実を、何事もなかったかのように
報道されないことは、どうなのだろうと思わざるを得ない
「高速バス運行廃止の請願」については、最近何かと話題の記者クラブに事前に文書で伝えている
その上で、記者がこのことを報道するに値しない、、とか、
スペースの関係で報道できないと判断したのかもしれない
しかし報道がないことは、世の中にそういう行為がなかったと思われる可能性が大きい
このような報道は果たして公平とか平等なのだろうか、、と時々思う
このような報道に対する疑問は今回に限ったことでなく、以前の新庁舎建設に関する報道でも
しばしば感じたことで、特に「実務協議」(の結論)については、協議に参加した両者の認識を
同等に扱われるのではなく、行政の言い分をそのまま報道していた
市民は行政のような定期的に報道してもらえるツールを持たない
世の中には、表現の自由とか、その場はいたるところに与えられていると言われるが
現実の世界、ましてオールドメディアと言われる世界では、こうしたことが頻繁に起きている
新聞がなくても困らない人が増えていると言われる
ヤフーニュースを見れば事足りる との考えだが
気をつけないといけないのは、そこには実はニュースが選別されていることだ
ヤフーニュースの記事ピックアップの基準がPVが多い事かもしれないが
世界でのヤフーニュースの記事は、政治、経済等が上位にアップされていて
日本はスポーツ・芸能が異様に多いと言われている
これは「パンとサーカス」を連想してしまい、果たしてこのままで良いのか
と思わざるを得ない
ということで、あまり価値のない(?)報道がスペース・時間を奪い
肝心なニュースがメディアに報道されない最近の傾向は
報道されていない限りは何も起きていないと思われがちな現実を踏まえると
このように一言愚痴でも言いたくなってしまう