風景を見て涙したのは多分あれが初めてだ
予想したよりもずっと良かったノイ・シュヴァン・シュタイン城にも
絵葉書通りだと驚いた上高地にも心震えたが、あの時ように
自然とじんわりと涙が滲むことはなかった
ちょっとしたきっかけで急に登るようになった山
誰もが挑戦するように槍ヶ岳にトライした
夜行で上高地に着き、槍沢ロッジに泊まり槍ヶ岳小屋で一泊して
下山は穂高温泉の方に向かった
そのコースは裏銀座と言われ、部分的には西鎌尾根ともいわれる
山は登るより下るほうが緊張感が増す
槍ヶ岳からの物騒な道を終えて双六岳までの縦走路を歩き始めた時
風の音しか聞こえず何も主張しない風景
ずっと前から、そしてこれからもただそこにあるだけの風景が
次々と目に映ると、知らず知らず目に涙が浮かんできた
嗚咽さえ出てきそうだった
そして、自分が死んだら絶対ここに散骨して欲しい、、と
思い浮かぶのだった
だがその風景は記憶の中では何故か具体的ではない
情けないことに、静かで自己主張しない風景だったことと
あの時にどうしようもなく流れてしまった涙のことしか覚えていない
後ろ髪を引かれる、、という言葉がある
一休みして、その風景の中に同一化してボーッとして
フト気がついて、歩き始めなければ!と意識が回復した時
歩き始めるということは、まさに「後ろ髪を引かれる」思いだった
もう絶対いけないだろうあの場所
確かに純粋な神々しい場所があそこにある、、
でも、今は記憶の中にしか無い
「一期一会」とはこういうことかもしれない