パンセ(みたいなものを目指して)

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あまり知られていない2つの話

2023年04月22日 19時25分55秒 | 新城・地元に関すること

新城市の広報誌によれば「どうする家康」におそらく市外の人は
あまり知らない武将の鳥居強右衛門が5月に登場するとあった

新城中心部から国道151号線を飯田方面向かって走ると長篠城のあたりに
褌すがたで磔にされた武将のインパクトのある看板が出てくるが
この武将が鳥居強右衛門で、彼は教科書にも掲載される長篠の戦いで
窮地に陥った長篠を救うために岡崎の徳川家康まで援軍を求めにいった人物だ

鳥居強右衛門と鈴木金七郎の二人で出かけたとの説があるが
鈴木金七郎は役目を果たしたのち農民となり
鳥居強右衛門は城に戻る途中で武田方につかまり
城を明渡すように伝えれば命は助けるとの条件を提示されたが
彼は大声でもうすぐ援軍がくる、、と叫んだために
ふんどし姿で磔になったのだった

この話は新城の人間なら知っている
(授業で聞いた気がする)
鳥居強右衛門は全国区はないがNHKの関係者が新城をロケハンした時に
磔姿の看板を見て、これはエピソードとして扱うことにしたらしい

だが先回の「どうする家康」では、鳥居強右衛門のストーリーと
そっくりの長い距離を走ってお市の方の伝言を伝えた女性の話があって
被るなあ、、、と心配してしまった

ところで、今回の話題は鳥居強右衛門ではなくて
新城市民は知ってるが、市外の人は知らないと思われる話
それはこの写真のエピソードのこと


武田信玄が新城の野田城を攻めた時に、銃で撃たれたという話だ
これは実は映画「影武者」で冒頭のシーンとして使われている
(映画に使われた城は姫路城だったそうだ)
そしてこの銃は「信玄砲」と名付けられて、設楽原歴史資料館に展示されている
この時の傷がきっかけとなって信玄は死に至ったというもので
これらは本当かフィクションかわからないが
フィクションにしても何故こんな話が生まれたのか興味が募る

「影武者」のラストシーンは、新城の設楽原の馬防柵馬のある戦いの場所で
何頭も馬が(ゆっくり)倒れていく光景が記憶に残っているが
つまりは「影武者」は最初と最後は新城市が舞台だったということだ

これらは雑学の部類だが、知ってる人は少しは自慢できるかも


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