パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

消し忘れじゃないのだけど、、、

2010年12月21日 20時28分23秒 | Weblog

「またステレオの電源切るのを忘れてる」

少し厳しい口調の家人の声

 

でもね、本当は切り忘れてはいないのですよ!

それどころか、ワザと点けっぱなしにしているのですよ

なぜなら、その方がいい音がするから

 

理屈は正直そんなに理解できる訳じゃない

でもアンプを点けてから20分以上経ったときの方が

調子が出てきていい音がするのは事実

 

しかし、この事を説明しても果たして素直に聞いてくれるかどうか、、、

ちょっと自信ない

 

それで従った振りをして、、、

 

実は彼女も何回言っても聞かない事がある

冷蔵庫の野菜室、今のは乾燥しないから何かで包まずに入れておけば良かったはず

包むと冷房効率が悪くなったりして、却って良くない

と説明書に書いてあった気がする

この説明をしても彼女は馬耳東風

丁寧すぎるくらい包んだりして、、、

 

結局、身に付いたイメージは

理屈ではなかなか覆しにくいモノだ

 

 

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面白かったMVPの選出

2010年12月19日 18時46分28秒 | サッカー

年に3回、1年から6年までの全員が出られるサッカー大会がある

参加チームは奥三河の新城、鳳来、設楽、東栄

新城総合公園で行われた今年2回目の今日は

JA愛知東がスオポンサーになって

賞状、トロフィーを提供していただき賑やかなものになった

 

この大会の楽しいところは親御さんたちがピッチサイドで

大声で子供以上に夢中になって応援できること

 

子供たちのプレーを見るのも良いけれど

自分の子供に夢中になって応援する親御さんを見るのは

これまた楽しい

 

ところでただ試合をしただけではつまらないので

毎回各チームで一人 その日頑張った子に

メダルを上げる事にしている

 

面白かったのはそのメダル争い

最初のゲームH君は良い出来だった

得点も1点か2点取ったかな

ライバルのS君は先取点

しかしゲーム中ボールに絡む事が少ない

印象点としてはH君

 

2試合目は昼ご飯を食べた所為か

全体に低調な出来

誰が良かったかまでの評価に至らず

その時点ではH君かな

多分自分でも自覚していた様子

 

ところが最終戦

押されっぱなしのチームで

よくボールに絡んで奮闘したのはH君だったけれど

カウンターの1発で得点したのはS君

 

試合の終わった後のH君

「ねえ、いいでしょう、僕だよね」

「さあ?」

「そんなの、いいじゃん、ねえ」

「逆転かな?彼は点取ったし」

「だって、頑張ったじゃん、ねえ。教えて」

「あと数分したら分かるから楽しみにしてればいいじゃない」

「いや、ドキドキする。僕って言って」

「我慢しなさい」

「我慢しなさいって僕じゃないってこと」

「違う、もう少ししたら分かるから我慢しなさいって言う意味」

 

その後も彼は泣きそうな表情で訴えかける

 

確かに結果的にS君は得点したけど

試合全体から判断するとH君がMVPに値した

でもこのH君は実はいつでもMVPになれそうな選手で

今回逃しても次の機会があるから、、、

と考えないでもなかった

 

しかし、努力した事が報われなかったら(自分でも手応えがあったのだろう)

彼にとって良くない事かもしれない

と考え直す事にした

頑張れば報われる!

そう言う経験をさせたかった

 

S君はまだまだラッキーな点を上げたに過ぎないレベル

しかし、点の入らないサッカーというゲームで

得点したのは価値があるが

 

で今日は、H君の気合いに負けて(?)

H君にMVPのメダルを、、

そのH君の嬉しそうな顔

そして

「なんだー」

と残念そうなS君の顔

 

もてあそぶ訳ではないが

ホント面白かった

 

あとで

「おーい、H、今度の練習の時サボってたらメダル取り上げるぞ!」

と言っておいたけれど

多分、馬の耳に念仏だろうな

 

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安物買いの銭失い

2010年12月18日 09時26分57秒 | Weblog

多分、多くの人が何度経験する失敗の筆頭は

「安物買いの銭失い」

 

いいものを安く!

は理想で、時にラッキーに巡り会う事はあっても

大概は、「安いからこんなモノか!」の印象を持つ

 

その結果、その商品は大事にされず

大切に扱われなかったり

食品だったら「次は買わないでおこう」

 

商品価値を満足感の視点で測ると

安い商品はこの意味では必ずしも値打ちではない

ただその時払う金額が少ないだけに過ぎない

 

最近思うのは、そんなに安くなくていいから

それなりの性能、機能、味、をもったものが欲しい

という事

 

今存在するのは「安いけど、、、」という商品か

意味もなく(?)高級を歌う商品ばかり

 

市場が決めていると言うがマーケティングによって(?)

そんな不毛な市場を作っているのは

いったい誰なんだろう?

 

嬉々として受け入れている大衆?

あるいは「嬉々として受け入れている」と思っている

経済的に力をもった連中?

あるいは思考能力の低下が見られるメディア?

 

今求められるのは、普通の事が普通でいられる世界

過度な努力、犠牲を強いられても

幸せに暮らせない世の中

何かおかしい!

 

頑張った人にはご褒美を

頑張れなかった人にも幸せを

それで良いじゃないのかな

 

 

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共犯幻想の問いかけ

2010年12月16日 20時38分25秒 | Weblog

「今したい事は何ですか?」

「もうじき死ぬと分かっていてらしたい事は何ですか?」

「二つの答えは同じですか?」

 

真崎守の漫画、「共犯幻想」の中に出て来る問いかけ

この漫画は学生運動が盛んだった頃の

精神状況を反映していて、どこか哲学的だったり

教養小説ぽかったり、もしかしたら村上春樹よりも深いかもしれない

 

この問いをしばしば考えてみる

ある時は二つの答えは同じだったり

ある時はバラバラだったり、、、

 

そして客観的に眺めると、

答えの同じときは充実していて

そうでないときはイマイチの様な気がする

 

ところで今は?

うーーん、どうなんだろう

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土方歳三を越えて

2010年12月15日 20時39分58秒 | Weblog

ずっと疑問だった

あの賢い土方歳三は、何故沈没寸前の幕府から逃げ出さなかったのか?

近藤や井上、藤堂が亡くなって、今更一人だけ逃げるわけにはいかないとか

よく言われる最後の武士とかの扱いでの解釈では

自分の心にはしっくり来ないし、なんだか違っている様な気がしていた

 

最後の歌

「たとひ身は蝦夷の島根に朽ちるとも魂は東の君やまもらん」

これも自分的には本人の作ではない様な気がしてならない

(別人の作の可能性もあるらしい)

かれが準じたのは幕府とか武士道ではなく

自分の生き様そのもののような気がする

 

彼は何をもって美しいとか喜びを感じたか?

それは効率的な秩序だったシステム、

感情と言う不確かなものに基づかない組織運営

それらが機能として働いた時彼は喜びを感じたのではないか?

 

新撰組の時、彼は全ては合理的精神で何とかなると思っていた

しかし、それだけでは物事は進んでいかなかった

そして、戊辰戦争時には本来の俳句を嗜むキャラクターに戻り

合理的精神をベースに感情の伴った一人の男として

生きていったような気がする

 

だから逃げなかったのは、自分の運命を受け入れ

その中でできる事をしようとしたに過ぎなかった

それだけの事のような気がする

 

自分も彼の生き様に照らし合わせてみる

沈没しそうな組織の中で、自分もできるだけ最善の努力はしたつもり

しかし、五稜郭で彼が戦死した様に

自分も環境を変える決心をした

自分は心の中で、今まではずっと土方歳三を追っかけていたような気がする

彼の気持ちを考えてみたりして

 

自分は一度五稜郭まで行ってみようと思う

そこに行って始めて土方歳三を卒業できる気がする

なぜなら彼はそこで人生を終えてしまったが

自分は少なくとも生きている限り

それからの世界と闘う事ができる

それがどんな世界であれ、彼が経験できなかった

その後の世界を自分は体験できる

それはそれで凄い事だと思う

 

願わくば、明石家さんまが言う様に

「生きてるだけで丸儲け!」

と感じられたら良いのだけれど!

 


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よくわからない商品ばかり!

2010年12月14日 21時46分30秒 | Weblog

最近 機能がよくわからない商品(家電、デジタル商品)が多い

自慢じゃないがApple TV 、これってどんなものか全然分からない

アップル好きな連中に聞いても答えは???

 

googleがやろうとしているgoogleテレビもイメージがわかない

リモコンにキーボードがついたり

マウス代わりを何かがするのかな?

 

他にも、テレビCMでやっているテレビに光をつなごう!

も意味がイマイチ分からない

ケーブルテレビと何が違うのか?

 

Apple TVはアクトビラみたいなものらしいけど

そのアクトビラ自体がよくわからない

地上波デジタルテレビでもそこにつなげる機能のついたモノと

ついてないものがあるとか、、、

 

まだまだあるぞ

デジタルテレビでも同じ画面サイズでも高い金額のものと

低価格のモノがあるけどその違いがイマイチ分からない

 

ホント、今の時代、いったい何ができて

何ができないのか、さっぱり分からなくなってきている

それどころか、こんな商品あったよな?

いやなかったっけ?

こうした区別もできない

 

これは自分が遅れているのか?

自己弁護する訳じゃないけど、そうじゃないと思う

 

なんだかテンポが速過ぎて!

こんなんだと誰も知らないうちに廃れてしまう商品もあるのでは

 

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なるほど、確かに不思議。

2010年12月13日 19時59分04秒 | Weblog

先日、ある会社の社長曰く

「自分は仕事で何か役立つと思うからブログを書いたり更新したりする

でも、普通の人はなんでブログなんてやるんだろう?」

 

なるほど、そう言われてみると確かに

なんでやっているんだろうと考えてしまう

 

とりあえず、自分は?

さて、いったいなんでやってるんだろう

昔、日記をずっと付けていたから、その延長?

でも公開してるから少し違うニュアンスがある

 

つまらないモノでも読んでくれている人がいる

という誰かとつながっている感覚

その満足感は、、、少しはあるかな

しかし、それが主だった理由かと言えば違うような気がする

 

マズローのいう自己実現の欲望からくるもの?

表現意欲の発露?

 

とにかく現実に多くの人が、仕事とは関係のない人が

ブログを更新している

その中には、ただで良いのか?

と思うような貴重な情報もある

 

この数が馬鹿にならないくらい多い、という事実は

ブログというものが存在意義をもっている事を現すのだけれど

ホント皆なんでやっているのだろう?

 

 

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上手い選手はいるが怖い選手がいない

2010年12月12日 19時05分41秒 | サッカー

新城総合公園でロータリーカップ 中学の部が行われた
地元新城に豊橋、豊川、浜松、細江など総数7チーム

毎週小学生1.2年ばかり相手にしているので
フルコートのピッチを見ただけで
その広さにゾッとする
とても腰痛持ちでは審判のお手伝いはできない

で、のんびりと座ってばかりのお仕事に、、、

それにしてもサッカーって点の入らないゲームだ
まずは守備からと考えるチームが多く
そして守り方は割合理屈で何とかなるので
どうしても練習もそこにさく時間が多いのかもしれない

点差があるときは大概学年の違いがある時
なるほどサッカーカテゴリーは
年齢別にクラス分けをしている理由がよくわかる

最近は週数回練習しているチームも少なくない
だから確かにみんな上手くなってきている
瞬間のボールコントロール
細かなステップ  見事なもんだ

でも不満なのは化け物みたいなのが見当たらない事
どうも平均化している
上手い選手はいるけど怖い選手はいない
シュートが第一優先ではなく
パス第一みたいで、、、

それから気になったのは(それは高校でもそうだけれど)
試合のリズムが一定という事
開始当初のハイテンション(ハイプレス?)がそのまま

疲れて緩んでくるまで同じような行ったり来たりの展開

もう少しリズムの変化があっても良いかな

これはテレビでブラジルの試合をもっと見られる様にして参考にした方が良いかも

それとやっぱり最後の決定的なパスの精度が問題
あの辺り!と蹴っているみたいで
キチンと狙っているようではなさそう

この辺りの練習はつまらないし、実効性、即効性がなさそうだから取り上げにくいかも

 

それにしても日本はFWが育たないと言われる

確かに今日の試合を見ただけでも、その感は強い

 

育たないのは育て方が悪いのか

それとも日本と言う国の漠然ともっているカラーがそうさせるのか

 

それにしても、サッカーは点の入らないゲームだ

点を取るのはそれだけで特別な才能とか運命の人に違いない

それはそれで大事にしたいと思うのだけれど

なかなか上手くいかない

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共時性(あるいは天の示唆)

2010年12月11日 21時07分04秒 | Weblog

歳のせいだけでなく、眠れない理由があって真夜中に目覚めてしまう

昨日(今朝)もそうだった

それで枕元に置いたヘッセの詩集を開いてみた

そこにあったのは

 

「青春の肖像に」

こうして、今はもう伝説的な昔から、

わたしの青春の肖像がわたしを見て、たずねる

かつての明るい光のなにかしかが

今もなお輝いているか、燃えているか、と。

 

そのころわたしが自分の前に見た道は

たくさんの苦痛と夜と

苦い変化をわたしになめさせた。

その道を二どと歩きたくはない。

 

だが、わたしは自分の道を誠実に歩き、

その記憶をとうとんでいる。

あやまちも失敗も多かった。

だが、後悔する余地はない。

高橋健二訳

 

全くだ!

心が慰められ、自分の道もまた間違っていなかった

と落ち込んでいた自分が勇気づけられた

そして、いきなりこのページを開いて、この詩を目にしたのは

偶然ではなく何か深い(天の)意図があっての事!

そんな風に感じざるを得なかった

 

共時性、偶然の一致

単なる心理的な錯覚であったとしても

このタイミングでこの現象を与えてくださった

なにかに、わたしは感謝する

 

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宇宙人から人間へ、ウルトラマンから卒業へ

2010年12月11日 18時07分12秒 | サッカー

今日は少年サッカーの練習日

担当の1.2年は遅れてきた子も含めて今日は16人

 

1年生は言葉が通じない宇宙人

そして多くの子供が3分も集中できないウルトラマン

 

今日も相変わらずのマイペースぶりの彼ら

練習中でも直ぐに自分の世界に入ってしまう

友達と話したり、勝手な事をしたり、サボったり

 

ホントこの連中相手は飽きさせない工夫と

集中が途切れる頃合いの見極めが必要になってくる

 

それでも4月始めたばかりと比べると

言葉が通じる様になってきている

だんだん人間に近づいてきている

でも彼らは生まれて6~8年しか生きていない

この事実には不思議な感じがする

 

練習は最初の休憩が入るまでが勝負

そこまではなんとか真面目に取り組む気力と体力があるようだ

 

足でボールを扱うのだからボールを使っての

練習が良いのだけれど

最近ビックリするのは、そもそも走る事がまともにできていない

と思わされる事

 

だから仕方なく走るところから始めている

細かいステップ、左右への踏ん張り、後ろ向きに走る、横向きに走る

そして相手の動きに合わせて(裏をかいて)走る

 

この最後の相手の裏(逆)をとる練習は

ビブスをズボンの後ろに、まるでしっぽの様につけさせ

ゴール15メートルくらいのところから

目の前に立ちふさがった相手をかわして

左右のポストのどちらかにタッチすれば成功、

ビブスを取られたり、時間がかかり過ぎたり、

左右に大きく膨らみ過ぎたら守備側の勝ち

と鬼ごっこ的な感じでやらせている

 

ところがこの練習(お遊び)案外現実的に役立っている

練習試合の最中、彼らは多分気づいていないだろうけれど

知らず知らず細かな体のフェイントやスピード変化を見せている

そして守る方も簡単に振り切られない、動きについていけるボディーコントロールを

やってものけている

 

子供というか、練習というか、時間というのは

本当に驚きに満ちている

 

宇宙人から人間になっていく子供たち

ウルトラマンを卒業しつつある子供たち

今日も怒鳴りっぱなしで喉が痛くなった

でも、ホント子供たちは可愛い

できればもう少し真面目に練習に取り組んでくれると嬉しいのだが、、、

 

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