H.G.ウエルズに魅せられて
このブログのタイトルを「時空を超えて」とした理由を聞かれた。実はその時々に頭に浮かぶ記憶の断片を、自分の心覚えも兼ねて自由気ままに書き連ねてみようと思ったのが動機であり、あまり深く考えずにつけたものである。 いわば老化する脳細胞を補うメモ代わりを考えていた(開設のご挨拶「午後のティールーム」にも少し経緯を記した)。当時はブログとホームページの差異も十分理解しておらず、コメントしていただく皆様に申し訳ないと思いつつ、今でもトラックバックなど、度々失敗するので試みていない。このままでは、ビギナーブロガーのままで終わりそうである。
「世界文化史大系」との出会い
それはさておき、「時空を超えて」を思い浮かべたのには多少の背景がある。小学生の頃、父親の書斎にあったH.G.ウエルズ「世界文化史大系」を読んだことをきっかけにして、ウエルズにかなりのめりこんだ時期があった。偶然、手にしたこの「世界文化史大系」なるものが、不思議な魅力を持っていた。確か表紙にはインカ文明の奇妙な人の絵などが描かれていたと記憶している。全12冊の大著で、出版社は大鎧閣という当時としてもかなり時代がかった名前であった。
戦後しばらく愛読書?は、「タイムマシーン」を始めとするウエルズの作品に加えて、『平凡社大百科事典』、『富山房国民百科事典』などであったことを思い出す。とりわけ、これらの百科事典は箱入りの大変立派なもので、特に平凡社の事典は充実しており、補遺もあり、飽きなかった。 最近の百科事典は色刷りでさまざまな工夫が凝らされているが、どういうわけか昔のように時間を忘れて事典を読みふけるという魅力が感じられなくなった。これはどうも私の脳細胞の劣化が原因らしい。
ウエゲナーの大陸移動説
今回の記事を書くに際して、「世界文化史大系」の現物を探したがどこかに紛れ込み、いまだに見つからない。これまでかなり大量に書籍を古書店などに処分に出したのだが、この書籍にかぎり廃棄や売却などをした覚えはないから、家のどこかにあるはずなのだ。しかも、全12冊という大著である。図版、写真も入り、後年、新書で読んだ同じウエルズの『世界文化史概観』とは比較にならない面白さだった。
あのアフリカと南アメリカがかつては一緒の大陸であったというアルフレッド=ウェゲナーの大陸移動説、エジプト文明とインカ文明との奇妙な類似点、第一次大戦の戦車(タンク、最初は水運搬車だった)の写真など、断片的だが鮮明に覚えている部分がかなりある。ウェゲナーの説は、後になって単なる思いつきなのかなと考えたりしたが、プレートテクトニクスの歴史には、必ず登場するらしい。
北川三郎という名前
さらに、子供心に強い印象を持ったのは、訳者の北川三郎という人物であった。これだけの大作品を翻訳したのだから、大変な博識、天才的な人物に違いないと感じたのである。だが、そればかりではなかった。北川三郎が富士山麓の精進湖近辺で情死をとげたということを、誰かに教えられたことである。「情死」という言葉の意味を当時は良く理解していなかった。というよりは、北川三郎が「情死」をしたということを誰かに問うことは、どうも良くないらしいということを子供心に感じたからであった。最近になって、再びこの人物のことが気になって、ウエッブ検索などをした結果、顛末がかなりはっきりした。
「青葉の夢」と題して、北川三郎の情死にいたる実態が鮮明に描かれている立派なサイト(*)に出会うことができたからである。さらに、その後宮本百合子が「世代の価値―世界と日本の文化史の知識―」(**)の中で、かなり詳細に「世界文化史大系」に触れていることを発見するなど、色々副産物もあった。宮本百合子は「世界文化史大系」を圧縮した「世界文化史概観」(岩波新書)の方を勧めているが、私は北川訳の「大系」にはるかに魅力を感じた。
さらに、10年くらい前にケンブリッジに滞在していた時、たまたまS.W.ホーキング博士の講演を聞く機会があり、ウエルズを記憶の底から引き出すような話をされたこと、時々私が車を停めていた舗装も十分でないシジウイック・ロードを、博士が電動椅子で補助者もなく、お一人でカレッジの間を移動されているのを何度かお見かけしたことなども、ウエルズに再び興味をひかれる動機となった。暇にまかせて、昔読んだ作品を読み直したりした。その結果は、改めてさまざまなことを考えさせることになったが、今回はこのくらいでやめておこう.(2005年8月22日記)。
References
ウエルズ 「世界文化史体系」 全12冊 (ウエルズ著 北川三郎訳) 大鐙閣 昭2・3
(*)「青葉の夢」『誰か昭和を想わざる』 (本記事執筆時点)http://www.geocities.jp/showahistory/history1/03b.html
(**)宮本百合子「世代の価値―世界と日本の文化史―」『新女苑』、1940(昭和15)年12月号
(***)ウェルズ著 ; 長谷部文雄訳『世界文化史概観』上、下、岩波書店、1950年