時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(36)

2005年08月20日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

盛時を偲ばせるリュネヴィルの宮殿(ただし、ラ・トゥールの時代より後に造営)



ヴィックからリュネヴィルへ

  ジョルジュとディアンヌの新夫妻は、おそらく当時の慣わしもあって、ヴィックのジョルジュの両親のところで、約3年一緒に暮らしたようだ。しかし、ジョルジュの父ジャンJean de La Tourとディアンヌの父親ジャンJean Le Nerfは、いずれも息子と娘の結婚で安心したのか、翌年の1618年に相次いで世を去った。

 他方、新夫妻の間には、1619年8月、最初の子供が生まれた。息子フィリップだが、その後まもなく死亡してしまう。夫妻の間には生涯に10人の子供が生まれているが、その最初の子供がフィリップだった。2番目が、後にしばしば登場するエティエンヌEtienneで1621年4月に誕生している。

 フィリップの名付け親は、ゴンベルヴォーの領主デミオン(Jean Philippe Demion), ディアンヌの叔母にあたるソールスロットの貴族ディアンヌ( Diane de Beaufort)だった。彼女は 1617年のラ・トゥールとディアンヌの結婚式に、引き出物として500フランを贈っている。この叔母はネールを大変可愛がっていたことが伝わってくる。これらの関係から、ラ・トゥールはヴィックばかりでなく、彼の妻の家族を通して、ロレーヌの貴族・上層階級のグループにつらなっていたことが推察できる。

リュネヴィル移住の背景
  さて、妻ディアンヌ・ネールにとって、夫を失い寡婦となった母親のいるリュネヴィルに住みたいと思うのは、母子双方の側からみて当然だったかもしれない。また、ジョルジュの芸術的願望との関係でも、おそらくその方が都合がよかったとみられる。それは、ヴィックの町では、ラ・トゥールが徒弟であった可能性も残るクロード・ドゴスClaude Dogozが、「絵画の市場」をほぼ独占していた。町の宗教的建造物の修復などでもドゴスは重きをなしていた。ヴィックにはラ・トゥールが工房を開設し、参入するだけの十分な仕事がなかったようだ。他方、ヴィックと比較すると、当時のリュネヴィルには著名な画家がいなかったため、ジョルジュには好都合だったとみられる。

  ラ・トゥールにとっては、妻の実家のあるリュネヴィルで実績をあげる方が、なにかと都合がよかったのだろう。リュネヴィルはロレーヌ公爵領の町でもあり、ロレーヌ公がしばしば滞在していた。ミューズ川沿いの城壁で囲まれた町であった。当時としては比較的安全な地と見られていた(この期待は後に裏切られる)。ヴィックからは南へ15マイルほど、ナンシーからは南東へ30マイルほどの距離だった。

ラ・トゥールの得た特権
  メッツの司教区のいわば飛び地領ヴィックの住人であったラ・トゥールは、リュネヴィルでの居住と仕事を始めるには、ロレーヌ公の許可を必要とした。そのことは、結婚とは別の取り決めごとであった。そのため、ラ・トゥールはリュネヴィルの市民になる申請と公爵アンリII世にかなりの特権(たとえば移動の自由、税金の免除など)を供与してほしい旨の請願をしている。加えて、リュネヴィルで名誉ある職業である画家として働くという申し出をしている。

 これらの請願内容は、今日の人々の目からみると、かなり厚かましいものにみえるし、美術史研究者の間での画家の人格をめぐる論点のひとつでもあった。しかし、17世紀初め、ロレーヌの厳しい時代環境を考えると、世俗の世界における生活手段と画家の活動とは距離を置いて見るべきなのかもしれない。


 ラ・トゥールは、この請願に含まれる特権供与と自由をほとんど認められた。リュネヴィル市民に課せられる租税の大部分を免除されるという特権である。ラ・トゥールの画家としての評判、妻の父親の貢献などが、アンリII世などの決定に影響したことは間違いない。こうした機会にラ・トゥールが公爵に絵画の寄贈をした可能性はきわめて大きい。

  他方、ロレーヌの文化の中心地であったナンシーでは、このころ宮廷画家の地位がクロード・デルエClaude Deruetに与えられていた。デルエはローマで名を遂げ、1619年秋にナンシーへ戻った。アンリ II世の覚えめでたく、彼は豪壮な邸宅を提供され、まもなく貴族に列せられた。このことは、1630-40年代にシモン・ヴーエ Simon Vouet がパリで享受したような特権であった。おそらく、ラ・トゥールも妻の生地リュネヴィルで、こうした地位を目指していたと思われる。

 

Sources
Jacques Thuillier. Georges de La Tour, Flammarion, 1992, 1997(revised)
Philip Conisbee ed. Georges de La Tour and His World, National Gallery of Arts, Washington, D.C. & Yale University Press, 1996

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする