時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(34)

2005年08月10日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

画家の修業時代を探る(III)
 
構想は直接カンヴァスへ
  ラ・トゥールは当時の画家の多くがそうであったように、直接カンヴァスの上で構想を描いていたようだ。これも、これまで行われてきた科学的機器を活用した調査で、ほぼ確認されている。X線などの科学的機器を活用しての検査を通して、下書き、修正、後世における加筆なども、明らかになる。ラ・トゥールは一度カンヴァスに向かうと、カラヴァッジョなどとは異なり、制作中の画面に大きな変更は加えないタイプの画家である。
  他方、カラヴァッジョは、制作中にもかなり大きな変更を行った跡が残されている。作品に修正の跡がない場合、ひとつの解釈上の可能性は制作前に十分に構想が煮詰められていたことが考えられる。また、同じような作品をすでに描いたことがある可能性も想定しうる。原作があって、それからの模写という可能性もある。ラ・トゥールの作品に描かれたイメージは当時、多くの人々が求めるものであった。

数少ない修正
    ラ・トゥールの作品で、修正の跡を発見出来るのは比較的少ない。たとえば、「大工の聖ヨゼフ」のイエス像はx線調査によると、顔の部分に修正の跡があり、最初の構想では、現存の作品よりも大人びた顔であったようだ。修正は当時ヨーロッパで広く使われていた鉛白など白色顔料によることが多い。

  また、「いかさま師」のキンベル美術館版はルーヴル美術館版より前に描かれた可能性が高いことも分かっている。これは、前者にはいくつかの点で修正がなされた跡が残っているためである。とりわけ、画面でワインを注ぐ召使いの女の顔にも、画家は苦労したようだ。非常にあやしげな目つきである。
    ナンシーの「聖アレクシスの遺体の発見」についても、作品下部の充填した跡は作品の下部が切断されたのではないことを示すものと考えられるようになった。構想当初から人物が膝までの姿で描かれていたのではないかという推定になる。ダブリンの作品は全身像だが、一時推定されていたような原作が存在し、それから模写されたものではなく、同じシリーズのサイズの異なる2枚の作品であることを示す可能性が高まった。
  こうした調査を通して、作品の作成年代順も次第に明らかにされてきた。この場合、「改悛する聖ペテロ」Saint peter Repentantのように、この画家に珍しく作成年譜が書き込まれていれば、いわば基準年次benchmarkの役を果たすことになる。

時代で変わった地塗り
  ラ・トゥールの活躍した時代には、カンヴァスでの地塗りの仕方が変わった。16-17世紀初頭のロワール以外の地方(すなわちパリ、フランドル、ロレーヌはここに入る)では、白亜を主成分とした白い地塗りがカンヴァスに施されていた。しかし、その後、イタリアからの影響で、多少なりとも濃い色のついた地塗りの方法が次第にヨーロッパ全域に広がっていく。これは新しい美の概念に伴った変化で、陰影自体がしっかりと配置されるようになる。 ラ・トゥールの若い頃の作品は、明るい色合いの地塗りの上に描かれている。地塗りに使われた素材の主成分は白亜であった。

年代指標となる地塗り
  詳細な調査・分析が行われたアルビの12使徒の研究では、複数の層の地塗りが行われていることが見出されている。また、いわゆる「昼の情景」シリーズと「夜の情景」シリーズでは地塗りの層が異なることも判明している。たとえば、「荒野の洗礼者聖ヨハネ」はラ・トゥール晩年の作品とみられ、後者に属するが、大部分は色のついた地塗りが特徴であり、褐色の土性顔料を主成分(少量の鉄化合物とごく少量のドロマイトを含む)としている。このように、地塗りは作品の年代確定に大きな意味を持っている。

  ラ・トゥールについては、ほとんどすべての作品について、顔料などの一部を採取しての成分研究も行われており、この謎に包まれた画家についての研究は大きく進歩した。 真贋論争もさまざまな副産物や成果を生んだ。

  ジョルジュ・ド・ラ・トゥールも息子のエティエンヌも、徒弟を採用する際の徒弟契約書には「同じ原則と方針」を伝授することが示されており、一貫した方針に基づいて徒弟の修業が行われていたことがうかがわれる。画家という社会的に確立された当時の職業の技能伝達のあり方がこうした点からもうかがわれ、興味深い。

Reference
Melanie Gifford, Claire Barry, Barbara Berrie, and Michael Palmer, Some observations on GLT’s Painting Practice, National Gallery of Art and the Kimbell Art Museum

コメント
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