ラ・トゥールの書棚(5)
Isabelle Marcadé. Le Nouveau-Né de Georges de La Tour. Paris: Editions Scala, 2004. pp.31.
仕事場の壁にかかった「生誕」のポスターとは、もうかなり長い間、時間を共にしてきた。しかし、掛け替えるつもりはない。キリスト生誕という宗教テーマを扱いながらも、それを感じさせない静かさに満ちた厳粛な空間がそこにある。
マリアの手に抱かれ安らかに眠っている赤子の顔は、鼻の頭が光っていて、指で一寸突っついてみたいような衝動さえ起こさせる。母親の端正な面立ちとは違って、丸い鼻のなんとも形容しがたいかわいい寝顔である。例のごとく、蝋燭の光だけが映し出している光景である。
左手の召使いと思われる女性の顔も不思議な表情である。17世紀中頃のロレーヌ人はこういう顔立ちだったのだろうか。マリアともに視線の行方は、幼子イエスでもないどこか空間の一点に向けられている。天啓を得た瞬間のように、二人ともなにか同じことを考えているようでもある。
光に映し出されたマリアの衣裳の朱色は実に美しい。素材の風合いが伝わってくるような陰影の取り方である。
この絵を表紙としてこの小著は、前回に続いていわばラ・トゥールの世界への入門書である。「生誕」が主題となっているが、画家の他の作品についても簡単な紹介が付されている。
この作品も、召使いの頭上ぎりぎりのところで空間が切り取られていて、なんとなく上方が窮屈な印象を受ける。ラ・トゥールの作品にはこうした切断されたような作品がいくつかある。なにか意図があったのだろうか。小著はマリアのこめかみの上を頂点とする三角形の構図を使って、作品の説明をしている。
ラ・トゥールの作品の中で恐らく最も知られた一枚ではないだろうか。せわしなく、なにかに追われるような現代社会とは遠く離れた空間がそこにある。
Georges de La Tour. Le Nouveau-Né. Musée des Beaux-Arts, Rennes.