時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

アメリカで見るラ・トゥール(2):キンベルの至宝

2007年06月14日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋
Attributed to Georges de La Tour (French, 1593-1652)
Saint Sebastian Tended by Irene early 1630s

  

  キンベル美術館の名前は日本ではあまり知られていないが、アメリカでもかつては同様であった。その名がかなり広く知られるようになったのは、実はラ・トゥールのおかげといえる。1996-97年、ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アートでの画期的な「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」特別展が、97年にはキンベルへ場所を移して開催されたからである。それまで、このテキサスの小さな美術館がラ・トゥールの名品を保有していることは、一部の人たちにしか知られていなかった。

  気づいてみると、もともと数が少ないラ・トゥールの作品の少なからざるものがアメリカに流出していた。それについては、フランス国内でさまざまな反響があった。いずれその一端も紹介する機会があるかもしれない。今日、40点余りの真作とみなされている作品に限っても、11点はアメリカの美術館が所有あるいは委託管理している。ルーブルでも6点しか保有していないのだ。特別展のような機会を除くと、この画家の作品に親しく接するためには、アメリカの美術館めぐりは欠かせないことになる。ヨーロッパとは異なる静かな環境で、ゆとりを持ってみるラ・トゥールの作品世界はまた素晴らしい。

  
  
「クラブのエースを持ついかさま師」、「女占い師」、「二つの炎のあるマグダラのマリア」、「老人」、「老女」、「鏡の前のマグダラのマリア」(ファビウスのマグダラのマリア)など、フランスにとっては文字通りどうしても保有しておきたかった傑作がアメリカにある。とりわけ、この画家の「昼の世界」を知るためには、アメリカにある作品を見ることが欠かせない。

  
さて、キンベルはラ・トゥールの真作に基づくコピー (Attributed to Gorges de La Tour)と鑑定されている「イレーヌによって介抱される聖セバスティアヌス」も所有している。もしかすると、ロレーヌ公シャルルIV世に贈られた最初のヴァージョンのラ・トゥール自身の手によるコピーの可能性もある。この作品は損傷した部分などもあり鑑定が難しいとされてきたが、ラ・トゥールの特徴でもある創作過程でのpentimento(下書きや構図がかすかに浮いてみえること)や位置取りの跡なども発見されており、その類い稀な美しさと相まって評価の高い作品である。機会があればぜひ見て欲しい、お勧めの一枚であり、キンベルという現代的な美術館にはその環境が準備されている。17世紀から現代へ時空は移り変わっても、この作品の意味する精神性は今日も間違いなく生きている。

                 

コメント
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