Jean Siméon Chardin (French, 1699-1779) |
Young Student Drawing c. 1738 |
Oil on panel |
8-1/4 x 6-3/4 in. (21.0 x 17.1 cm) |
Acquired in 1982 Kimbel Art Museum |
17世紀当時の画家の工房(アトリエ)の状況には、徒弟制度を通しての熟練養成という点からも関心を持っていた。このブログでも少しばかり取り上げたこともある。工房の情景が描かれた絵画作品はよく調べたわけではないが、かなりの数があるように思われる。ここで紹介するひとつの例は、工房かアカデミーでの画学生の制作風景を描いた作品であり、例のキンベル美術館が所蔵する名品のひとつである。
これまで主としてスコープを充てていた17世紀から少し時代は下り、18世紀初めにフランスの静物画、風俗画の名手シャルダンが描いた「制作する画学生」と題する作品である。画面中央に座りこんだ画学生は後ろ姿であり、容貌は分からない。描かれる唯一の人物が最初から、背中を見せているという大変ユニークで、しかも深く考えられた構図である。後ろ姿とはいえ、彼が一心不乱に制作に没頭している有様は見る人に直接伝わってくる。きっと暖房もなく寒い工房の片隅なのだろう。毛皮の襟のついたコートを着込み、床に座り込んで制作に没頭している。彼が描いているのは、どうも人物らしい。
壁にはキャンバスがこれも裏を見せた形で立てかけられている。また、模写用の手本だろうか、人物のデッサンがピンで止められている。足下には制作に使うナイフが置かれている。
シャルダンは早くから画才が認められ、画家のギルドである聖ルカ・アカデミーの会員として受け入れられた。そして、1728年には王立絵画アカデミーの会員に選ばれる。後年にはアカデミーの収入役などの重要ポストにも就いた。当初は「動物と果物」の画家として知られたが、後にジャンルの分野へも対象を広げた。ほとんどパリに住んでいたらしい。大変洗練された画風であり、きっとパトロンも多かったのだろう。いずれの作品も、見る人の心がなごむような落ち着いた雰囲気を醸し出している。しかし、世の移り変わりも激しく、この画家の晩年は恵まれず次第に忘れ去られ、その作品が「再発見」されたのは19世紀中頃になってからであった。
シャルダンは熟達した画家の例にもれず、直接にカンヴァスへ向かって制作した。この若い画学生がまさに行っている作業だ。こうした光景は、きっと当時の工房などで日常見られたのだろう。あるいは若き日の画家のイメージなのかもしれない。
作品の色調は大変落ち着いている。その中で、画学生の靴下の青さとポートフォリオの間からみえる画材の青色、着衣の裏地の赤と背中の破れた穴から見える赤色、防寒用の帽子と襟の毛皮の黒色などが、さりげなくアクセントとなり効果をあげている。
作品は大変小さいのだが、居間に置いていつも見てみたいと思わせるような、落ち着いた感じの良い一枚である。想像される通り、こうしたジャンルは大変人気があり、とりわけヨーロッパの王侯、上流階層が好んで求めた。同一のテーマで画家はかなり多数の作品を残したとみられる。有名な「カードの家」などの構図も複数のヴァリエーションがある。作家・思想家として「百科全書」編纂に当たったディドロ Denis Diderot が「偉大な魔術師」と絶賛した才能を持っていた。フェルメールの画風との近似点も感じさせるものがある。
シャルダンの作品の独特な色合いは、画家自身がかなり工夫して職業秘密にしていたらしく、後年の分析で画材の顔料にチョークを混入させ、立体感を持たせるなどの工夫がなされていることが分かっている。
X線分析の結果、この作品の下地には座っている女性が別の構図として描かれていることが分かっている。シャルダンは、この「制作する若い画学生」と対 pendantになる作品 として、女性をモデルとしての構図でも描いたようだ。実物をみたことはないが、ストックホルムの国立美術館が所蔵する「刺繍する女」は、そうした構想に近い作品といわれている。しかし、明確に関連性が確認されたわけではない。いずれにしても、この作品はシャルダンが画学生として過ごした日々を思い浮かべつつ制作したのではないかと思われ、小品ながら大変味わい深い作品である。