移民(外国人)労働者問題は、政治家はあまり正面からとりあげたくないというのが各国にかなり共通した事情である。そのために、問題を先延ばしにして、ある日突然破綻に直面して大慌てするという状況が生まれる。物財や金の移動と違って、人の移動の問題は抽象的な経済理論の次元では解ききれない。必然的に政治経済学の視点が要求される。
移民問題はとりわけ右派の政治家にとってはあつかいにくい厄介なものである。移民問題を軽率に口にすると憶測が加わり、人種差別主義だとの非難を受けることもある。しかし、それを無視することは、移民問題を憂慮している中核的な選挙支持者を失うことになりかねない。たとえば、イギリスの保守党は2005年の総選挙で、この問題もからんで敗退した。
今年になって、10月29日デイヴィッド・キャメロン保守党党首は、党首として初めて移民について重要な演説を行った。それには次のようなかなり重要な内容が含まれている。1)政権を獲得すれば、不法移民を退去させる力を持たせた国境警備boarder police forceを創設する。2)将来のEU加盟国からの移民受け入れを制限するだろう。3)EU外からの移民は経済的給付に対するインフラと需要のバランスを測って年間目標を設定する。4)イギリス在住者の非ヨーロッパ地域の配偶者がイギリスで共に住むには、21歳になるまで待たねばならない。加えて、彼は移民は「実質的に少ない数で」と他の政党が明言しないことを述べて、自党の右派に応える発言もしている。
キャメロン氏が移民という微妙な問題にあえて発言した背景には、かなり周到な配慮があったと思われるが、ひとつには移民に関する統計が錯綜、混沌としており、議論を生んだという偶然の事情もあったようだ。当初イギリス政府が発表した受け入れ移民労働者数(1997年以降)が80万人から110万人へと訂正され、さらに担当統計官の書簡公表で、過去10年間に150万人の外国生まれの労働者が仕事を得たということにまでなった。政府公表の110万人ではなくて、さらに40万人の外国人がイギリスのパスポートを所有している事実が示されたことになる。
統計をめぐる疑惑はさらに、これまで政府が主張してきた移民は経済成長に寄与しているという発表に疑念を持たせるようになった。教育、医療などの大きな負担が地域は背負っているという反論が生まれた。
移民の雇用への影響の評価は、さらに混迷している。低賃金の厳しい労働に耐えて働く、教育のある外国人労働者は、彼らを雇用する使用者には利益をもたらしている。しかし、地域の低熟練の国内労働者にとっては、雇用機会を奪う圧力になる。さらに別の統計に基づいて、あるエコノミストは、1997年以降に生まれた仕事のほとんどはイギリス人の雇用につながったという政府見解は誤りだとして、半分以下が国内労働者のものとなったにすぎないことを示した。2005年春以降の2年間、54万人の外国人労働者がイギリスで仕事を得たが、その反面で27万人のイギリス人労働者が仕事を失ったとした。
このように移民問題は与野党にとって強力な政治的爆薬になりかねないが、各党の政策は大変似たものになっている。たとえば、キャメロン党首が今回提案している将来のEU諸国からの受け入れや配偶者に対する政策は、労働党の政策にも含まれている。さらに労働党も今年初めEUに加盟したブルガリアとルーマニアからの受け入れについての一時的制限は延長するとしている。
今年初め、政府は国内在住者の配偶者受け入れの最低年齢を16歳から18歳へ、さらに近く21歳までに引き上げるとしている。これに関連して、イギリスの第3勢力、自由民主党は非EU諸国からの移民に対する「ポイント・システム」を最初に提示したのは自分たちだとしている。保守党と同様に、彼らは国境警備隊を提案し、人口変化に対するローカル水準での政策・企画の必要を強調している。
移民に関して、政党が急に多弁になったのは、2004年以降の移民の増加が漸く公開され、それが政府の予想をはるかに越えるものであったことが一因とみられる*。
イギリスに限らず、移民をめぐる議論は再燃の兆しが見えている。折からデンマークではEU加盟国の間でもっとも厳しい移民規制策をとってきたが、労働力不足が経済成長の制約となり、移民政策が大きな焦点となっている。EU各国は11月13日の選挙結果で、デンマークの移民政策がいかなる方向へ向かうか、注視している。あのフランス全土を震撼させた「郊外暴動」が世界の注目を集めてからまもなく2年を迎える。ここにも静かな緊張が漂っているようだ。こちらも見落とさないよう注目を続けたい。
*2004年、EUに加盟した10カ国からのイギリスへの移民労働者は60万人に達したとみられる。これは政府予測の20倍以上だった。しかし、誰も正確な状況は知りえていない。最近改定された数字もふたつの調査に基づくものであり、直接集計されたものではない。
References
"Undercounted and over here" The Economist November 3rd 2007
「移民への扉せめぎ合い:規制厳格デンマーク13日総選挙」『朝日新聞』2007年11月11日