時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

扉は開かれるか

2010年02月03日 | 移民政策を追って

  9.11という象徴的な数字で世界に記憶されることになった同時多発テロが、アメリカなど先進諸国の移民受け入れ政策に決定的な影響を与えるだろうことはこれまでも記してきた。テロリストが地球上で活動しているかぎり、一時でも安心できない国がある。しかし、テロ行為が世界から消滅するという保証はどこにもない。ひとたび国家を揺るがす大惨劇を経験すると、いつ再びあの日が舞い戻ってくるか不安にさいなまれる。最も直接的な次元では、出入国管理の場で、テロリスト阻止のため、入国してくる外国人についての対応はこれまでになく厳しいものとなる。

  とりたてて旅行好きというわけでもないが、気づいてみるとかなりの旅をし、時に思いがけないことも経験した。

 印象に残ることのひとつは、空港の出入国管理の変化だ。テロ事件などが起きると、短期的にも突然壁が高くなる。成田空港で一度機内に積み込んだ荷物を、爆発物が入っている荷物が混入しているとの通報があったとのことで、乗客が積み込んだ荷物をすべて機上から地面に下ろして並べ、乗客がひとりひとり自分の荷物を確認し、鍵を開けて中身を調べる検査に立ち会わせられたことがあった。パリ、オルリー空港では爆発物処理班が実際に処理をする場面に出くわしたこともある。空港内に爆発物を処理した大震動が響き渡った。最近は気体・液体類は持ち込めないということで、薬剤のボンベやボトルなどもすべて持ち込み禁止、フランスの空港でいつも携行している気管支拡張剤の器具も取り上げられ困ったこともある。金属探知機だけでは発見できないのか、女性がブーツまで脱ぐようにいわれて、係官と大変な騒ぎになっていた。それでも一般乗客は安全の維持には抗しがたく、渋々従っている。 

 とりわけ、アメリカの国境管理についての印象は大きく変わった。指紋採取や写真撮影もやむなしという状況になってきた。ある旅行業界の委託による調査によると、アメリカを訪れた半数以上の旅行者が入国管理における対応を粗暴で不愉快と回答している。半数近くは世界で最悪の対応と評価している。かつては、開放的で友好的な最たる国とされていた。

 
オサマ・ビン・ラディンとその仲間の入国を阻止するために、多くの人々が入国を阻止される。その中には未来のエジソンやアインシュタインのような人も含まれるかもしれない。アメリカで学びたいという留学生の数も減少している。自由な国アメリカというイメージもかなり劣化したようだ。

 移民政策を含めて、社会政策の多くには「人参」と「鞭」の両面が備わっていることが多い。アメリカ、オバマ大統領は前政権のブッシュ大統領がなしえなかった包括的移民政策について見直すことを約してきた。しかし、すでに政権に就いてから1年以上を経過するが、新しい動きはほとんどなにも打ち出せずにいる。不法就労者が働いていると思われる事業所などを臨検することを禁じた程度である。しかし、改革努力がまったくなされていないわけではない。民主党ニューヨーク州選出上院議員チャック・シュマーと共和党サウス・カロライナ州選出上院議員リンゼー・グラハムは包括的移民法の構想を進めている。かつて故ケネディ上院議員とマッケイン上院議員などが超党派で構想した案の再編そして実現への試みだ。

 こうした動きの主たる問題点については、このブログでも再三記したことがあるが、その後少しずつ変化している部分もある。ひとつの問題は、すでにアメリカに居住している1200万人ともいわれる不法滞在者にいかなる形で救済の道を準備するかということである。そして、もうひとつは、現在はかなり硬直的な形で受け入れが制限されている各種の移民グループを、アメリカの需要に即応した形で再調整することだ。

 当初共和党の一部などが考えてきた不法移民の強制送還は、大きな禍根を残すという考えが強まっている。アメリカの生産部門の労働者は、メキシコからの移民労働者が彼らの仕事を奪うことを恐れてきた。不法就労者たちは摘発されて強制送還されることを恐れて、不当に低い労賃でも引き受けてしまう。しかし、彼らが合法化されると正当な賃率を要求するようになり、国内労働者の賃金を引き下げることはなくなる。さらに、アメリカに永住できるとの保証が得られるにつれて、新規のビジネスに着手するなど地に足がついた活動を始めるようになる。

 先進国の移民政策の中心は、すでにかなり以前から専門性や技能水準の高い労働力の確保へと移行している。グローバル・レベルのタレントの争奪戦が進行している。オバマ政権は、アフガニスタン増派にかけているようだが、混迷している現状が明るい未来につながる見通しは少ない。頭の片隅に不安がいつも影を落とす不安な日々が長く続きそうだ。アメリカの移民史上でも、今はその扉が閉ざされている時代とみられている。

 各国はこうした閉塞状態から脱却しようと、不熟練労働者への扉は閉ざしながらも、他方で専門性の高い人材を受け入れる二重政策を策定している。前者については、とりわけ活性化の源となる創造的な人材を求めている。しかし、これまでのところ、日本は世界的に高度な専門性、タレントを持った外国人にとって魅力ある国にはなりえていない。そればかりか、本来ならば、研修や留学の在留資格のない外国人が増加するという事態が生まれている。

 落日の感覆いがたい日本にとって、まさに国家戦略が必要な問題だ。一国の教育・研究の重要拠点たるべき大学をとってみても、世界から優れた学生、研究者などが競って来日したいと考える所は数少ない。人口減少の進む中で、この小さな列島に700を越える大学がひしめき合い、その半数以上が赤字という実態をどう考えるか。教育のグローバル化の中で、一国の運命がかかるこの重要な時に政治の劣化が進んでいることを残念に思う。


References

“Bin Laden’s Legacy.” The Economist January 16th 2010
Edward Alden. The Closing of the American Border.2009

コメント
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