時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

酷暑からの連想

2010年07月20日 | 絵のある部屋

  
  パリから着いたばかりの友人夫妻と会う。今年はフランスも大変暑いらしい。完全に夏バテ状態だったという。日本は涼しいと思っていた?が、あいにくこの列島も梅雨明け、酷暑の状態となった。ヨーロッパばかりかアメリカも暑く、先日ニューイングランドへ戻った別の友人のメールも、ひどい暑さと伝えてきた。どうも地球を熱波が襲っているようだ。酷暑で報じられる熱中症に関連して、ひとつ話題が生まれた。最近明らかにされた16-17世紀の画家、カラヴァッジョの死因についてのニュースだ。

  芸術家の場合によく見られるように、一般に時代を遡るほどに、その生涯の詳細は分からない部分が多くなる。その生涯に、ほとんど自分の作品が世に認められることもなく、一生を終わった画家も少なくない。確認することは難しいが、実際にそうした画家はきっと多いのだろう。他方、その時代には大変有名な画家であっても、時代の経過とともにすっかり忘れられてしまった場合もある。 

 有名な画家でも、最初の作品が世に認められるまでの年月になにをしていたのか不明なことも多い。このブログでしばしば登場するベランジェ、ラ・トゥール、プッサンなどにしても、その生涯の輪郭が浮かび上がってきたのは、作品が世に認められたり、成人して教会関連の代父や保証人など、記録に残るような役割をつとめた時からだ。

情報に恵まれた現代の人たち 
 大変興味深いことは、しばしばその画家と同時代 contemporary に生きていた人々よりも、現代人の方が、画家や作品についてよく知っていることだ。情報量が格段に増加、蓄積されてきた結果だ。これは美術史家、批評家、美術館学芸員、画商、鑑定者、収蔵家など、多くの人々の努力の集積がもたらしたものだ。カラヴァッジョばかりでなく、フェルメール、ラ・トゥールなどについても、少しずつ新たな知見が増えている。 

  カラヴァッジョに話を戻そう。今では16-17世紀を代表する大画家のひとりだが、画家が生存し、活動していた時にはどんな人間であるか、一部の人々の間でしか知られていたにすぎなかった。この画家に限ったことではないが、当時のヨーロッパにおける情報の普及の過程は、きわめて興味深いテーマだ。 

 カラヴァッジオは1610年7月18日か19日のいずれかにイタリア、ポルト・エルコレ で一生を終わった。画家を知るものは誰も看取ることなく、収容されていた修道院での孤独な死であったので、正確なことは伝承以上に分かっていない。しかし、今の人々は少なくもこの画家に多少の関心を持つかぎり、当時の人々よりも画家のことをはるかに良く知っている。

 近年、イタリアとマルタでの調査が進行した結果も反映している。これまで画家の死因は、灼熱の太陽の下で時に無謀とも思われる旅を続ける途上、熱病(映画などではマラリア)にかかって急死したとされていた。しかし、ローマで今年6月に発表された画家の遺骨の検視結果によると、死因は直接的には熱射病だが、すでに罹病していた梅毒と彼が絵の具に混入していた鉛中毒の結果がもたらした結果だったようだ。画家の破天荒で乱れた生活ぶりは、今日まで伝わっているから恐らくその通りだろう。 

 カラヴァッジョは死亡に先立つ9ヶ月前、自分が犯した殺人に絡み逃亡したが、復讐をはかるマルタの刺客に追われ、ひどく傷つき、ナポリ郊外の庇護者の別荘で療養を続けた。その後、ローマへ戻ることを企てた。しかし、身体は回復していなかった。ローマに近い港町ポルト・エルコレまでやっとの思いでたどりついたが、炎天下に追っ手や窃盗を避けながらの旅は厳しく、熱射病にかかったのだろう。土地の修道院で看病されたが、その効なく38歳で死亡した。遺骸の引き取り手もなく、近くの墓地に埋葬された。 今回の調査は、この遺骸を精査した結果のようだ。 

 カラヴァッジョは生存中は毀誉褒貶が甚だしい画家だった。その作品が広く評価されるにいたったのは、画家の死後かなり経った後だった。聖人を聖人らしく描かずに市井のモデルを描いたことを嫌う画家もいた。  

蓄積される知見
 ベランジェやラ・トゥールのように、日本では注目度がいまひとつの画家についても、少しずつではあるが新しい知見が付け加えられている。ラ・トゥールは夫妻ともに1652年1月に相次いで死去している。死因は公的記録では簡単に肋膜炎(胸膜炎)pleurése とされているが、当時の状況から感染症のインフルエンザなどが死因だったのではないか。享年59歳というのは、彼の生きた苛酷な時代では長生きした方であった。この時代の疫病に関する研究も進んでおり、新たな情報が付け加えられる時もくるかもしれない。

 こうした画家たちが今、自分たちの生涯の記録を見る機会があるとしたら、一体何と言うだろうか。

 

コメント
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