政治家の人気は移ろいやすい。オバマ大統領当選の頃のあの熱狂的人気は、どこへ行ってしまったのだろうか。この頃の日本の首相ほどではないが、アメリカでも大統領支持率は著しく低迷している。
オバマ大統領は、大事業であった医療改革はなんとか形をつけたが、アメリカが関わるイラク、アフガニスタンの状況は、ヴェトナム戦争以上に暗澹としている。このことは何度か、このブログでも記した。大統領は最近ではメキシコ湾岸の原油流出事故への対応で日夜忙殺され、大分消耗したようだ。訪米したキャメロン英首相との対話も精彩を欠いていた。
先延ばしにしてきた移民問題は、アリゾナ州での保護主義的な州法制定などで、やっかいなことになってきた。改革に早急に着手してこなかったつけが回ってきた。メキシコ国境に隣接する諸州は、目前の問題に自分で対応するしか方法がなくなってきたのだ。 アメリカ国内に居住する不法移民の数は公称1,100万人に達している。一時は全員を一度出身国へ送還するという強硬案まであった。ブッシュ政権下では、犯罪歴がないなど、一定の条件を設定した上で、審査し、段階的に合法的なアメリカ国民へ組み込んで行くという「包括的移民法改革」の方向へほぼ収斂してきた。しかし、レームダック化したブッシュ政権は法案成立にいたらず退陣した。
オバマ政権は移民問題へは、ほとんど実質的に着手することなく、今日になってしまった。今では、不法移民へ強硬な対応を主張する共和党議員もおり、国内に滞在する不法移民へ全面的なアムネスティを与える環境にはない。唯一、手がかりとなりうるのは、ブッシュ政権末期から具体化してきた「包括的移民法改革」といわれる方向でなんとか改善を図るしかない。全体的方向として、移民法改革に関するかぎり、オバマ政権とブッシュ政権の間に政策方向として実質的な差異はない。
ここまで煮詰まっているのに、オバマ大統領は中間選挙前に改革に着手する気はないようだ。実際、未だ法案も提示していない。口頭でいわば約束手形を与えた程度の対応しかみせていない。 こうした状況を生み出しているいくつかの点を指摘できる。かつて、亡くなったテッド・ケネディ民主党上院議員と超党派で法案成立を試みたジョン・マケイン共和党上院議員のような蜜月状況は、いまや消滅してしまった。マケイン議員は大統領選後、元の保守路線へと戻っている。他の共和党議員にマケイン議員に代わるような動きはほとんどない。
最大の問題は、不法移民の大部分を占めるヒスパニック系への配慮だ。11月の中間選挙を目前に控え、彼らの支持を確保することは、人気低落のオバマ政権にとって欠かせなくなった。先の大統領選においても、ヒスパニック系選挙民へは最大限の配慮をはかった。移民法改革はアメリカにとどまらず、多くの西欧諸国でも複雑な反応を引き起こしかねないため、選挙前には課題としたくないのだ。
他方、改革着手を先延ばしにしてきたがために、アリゾナ州などで不法移民、とりわけヒスパニック系に厳しい州法が制定されるようになった。オバマ大統領は連邦最高裁の違憲判決を期待しているようだが、国民の60%近くはアリゾナ州法に支持を表明している。ヒスパニック系住民がこうした厳しい州法へ反対していることはいうまでもない。
オバマ大統領は、包括的移民法改革への輪郭だけはなんとか維持しているが、それを早期に実現しようとの熱意はすっかりさめてしまっているようだ。11月の中間選挙票に影響しかねないデリケートな問題は手をつけないだろう。なんとか問題を荒立てることなく、2011年まで持ち越そうというのが、次第に見えてきた現政権の選択のようだ。しかし、ヒスパニック系に限らず、最近の農務省勤務の黒人女性に対する差別的処遇をめぐる事件のように、人種差別への国民的関心が高まっている気配もある。移民法改革へのエネルギーは明らかに失われているが、思いがけない出来事から急転する可能性は残されている。失われた移民法改革へのきっかけをどこに見出すか。オバマ大統領を待ち受ける次の課題だ。