時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

壁は壁でも:トランプ政権下の移民政策

2018年04月12日 | 移民政策を追って

 

トランプ大統領という型破りの人物がアメリカの政権についてから、世界はかなり振り回されてきた感がある。しかし、次第にその手法が分かってきた。野球に例えると、制球力にはかなり難がある。しばしば暴投やビーンボールに近いボールまで投げ、直球一辺倒で押してくる。ストライク・ゾーンをかなり外れていても意に介さない。当面、後継のブルペン投手がいないから乱調でもしばらく彼に任すしかない。打者がのけ反るようなボールを投げてみて、反応を見るようなところがある。打者としては次にどんなボールがくるか分からないので、ちょっと怖い。このたびのシリアでのミサイル攻撃の可能性を示唆する動きもそのひとつだ。

軍隊による壁防備
移民問題についても同様だ。4月3日、トランプ大統領はアメリカ・メキシコ国境の不法入国者を取り締まる方針をさらに強化するとして、国境に軍隊 National Guardを派遣することを大統領令として発表した。これまで例がない対応だ。戦時を除き、法律の施行を軍事力で強制することは認められていない。こうした政策を議会を通すなど正規の経路を通すことなく、ツイッターなどの安易な方法で強行ことも常套手段となった。

テキサス、アリゾナなどが当面の対象となる。アリゾナのノガーレスでは国境パトロールに加えて 250人の州兵が警備に当たることになった。テキサス州でも450人が配置される。名目は、国境の壁の完成まで警備の任につくとされる。背景には国境で拘引される不法移民の数がトランプ大統領になってから顕著に減少していることがある。越境を試みる者は強化された国境コントロールで、拘束され失敗する可能性が高いことを察知しているので、越境自体をあきらめたり、先延ばしにしている。この状況をさらに厳しくして越境者に圧力をかけようとの考えのようだ。

”聖域”とも対決
さらに最近では、正規の滞在許可証を保持しない不法滞在者の3分の1近くが集住しているとされるシカゴ、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、カリフォルニアなどの”聖域”とも対決し、最高裁の判決が下りるまでは連邦予算の削減まで示唆して、強硬な対決を辞さない。彼らが多く居住する州は、ネヴァダ7.2%、テキサス6.1%、カリフルニア6.0%などが多い。

アメリカの総人口3億2千6百万人の中で、滞在許可証を持たない不法滞在者は11百万人と推定されている。さらに、これら不法滞在者の家族とともに居住している18歳以下の子供たち(アメリカ生まれで合法な市民)は590万人近いと考えられている。不法滞在者の母国はメキシコが56%、グアテマラ7%、エルサルバドル4%、残りはその他の国から来ている。

軽視される人道的観点
トランプ政権になってから、不法移民の逮捕、送還の施策が強化された。アメリカの移民政策は国境壁をあらゆる手段で強化する一方、国内に居住する不法滞在者については、従来人道的観点が重視されてきた方針を撤回し、家族を分割しても不法滞在者を強制送還するという方向が強化され、該当する家族の間に恐怖感を強めている。

オバマ時代とトランプ政権が成立してから今日まで、両者の考えの差異が次第に明らかになってきた。
トランプ政権になってからの強制送還数は,226,119人で、オバマ時代2016年の240, 255人より少ない。しかし、逮捕者数は143, 470人と比較してオバマ時代で110,104人より増加している。なかでもこれまで犯罪歴のない就労者の逮捕が多い。トランプ大統領になって、ICE( Immigration and Customs Enforcement )などの移民関連部門にオバマ時代より厳しい措置を取るよう指示した。

執行機関であるICEの平服の職員が市中などで不法滞在者を逮捕し、夫(不法滞在)とアメリカ国籍を保持する妻と子供の家族であっても、容赦なく引き離し、夫を本国へ送還するということも見られるようになっている。

一例を挙げると、滞在許可証などを保持しない夫Aは、かつて農業労働者としてメキシコから越境した。過去10年ほどの間、カリフォルニアのセントラル・ヴァレイでブドウ、ピスタチオ、オレンジを摘み取る仕事をしてきた。しかし、滞在許可期限も2006年に失効している。彼は”fugitive allien”(逃亡外国人)と見なされてきた。そして発見され次第本国送還されることになった。犯罪などでの逮捕歴はない。運転許可証も取得が難しいこともあって、交通違反歴もない。アメリカ国籍の妻と結婚し、子どもが二人いる。
2017年にはオバマ時代の倍の非犯罪者を本国送還している。同年の不法入国者数は46年ぶりの最低線へ低下した。トランプ大統領の強硬な政策を恐れて越境を控えた結果であることは想像できる。

問題は少なくも両親のいずれかが不法滞在者である18歳以下の子供が4百万人以上いること。そしておよそ6百万人が不法滞在者と合法的なアメリカ国民とが同居する「国籍混合の家族」mixed status householdsと呼ばれる状況にある。彼らの家族は逮捕、強制送還の可能性がある。さらに親が強制送還されたとき、子どもが孤児化する危険性も高い。

旧態依然の日本の視点
折しも日本政府は2019年4月にも外国人労働者分野で、新たな在留資格を導入するようだ。しかし、内容を見る限り、これまで国際的にも批判され問題となってきた外国人技能実習制度に屋上屋を重ねるような案としか思えない。政府は「単純労働者の受け入れを原則、認めていない」はすだが、現実は単純労働そのものだとの調査や批判は、長年にわたり見聞きしてきたことだ。劣悪労働や失踪などの発生は全く解消されていない。技能実習の5年間が相対的に低賃金な労働力となる可能性は避けがたい。新設される資格は、「特定技能(仮称)」と呼称されるようだ。日本人労働者がさらに一段と人手不足になり、賃金上昇も大きくなることが予想される状況で、こうした外国人が低賃金労働力として求められる可能性はこれまで以上に高い。さらに、制度が複雑化し、制度運用管理者の不足も加速し、外国人にとって透明度が十分ではないことから、事態のさらなる混迷は避けがたい。このままでは何も学ばない日本としか言いようがない。

 

References
‘Ripped Apart: The Cost of America’s Immigration Crackdown’ , TIME, March 19, 2018
「外国人、実習後に就労資格:最長5年本格受け入れ」『日本経済新聞』2018年4月12日

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