1945年2月ヤルタ会談における3巨頭(チャーチル、ローズヴェルト、スターリン)
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「ハロー フランクリン!・・・」「ヤー ウインストン、ハウ・アウアーユー・・・」。60歳くらいか、男が今は見かけることのなくなった黒い卓上電話機を取り上げて、何かを頼んでいる。親しげなトーンだが、答えは思わしくなく、すぐに終わる。映画『ウインストン・チャーチル』の一場面である。電話をかけているのはチャーチル首相、相手はアメリカのフランクリン・D・ローズヴェルト大統領だ。チャーチルはドイツ軍に海岸線に追い詰められた英軍のために艦船での支援を依頼しているのだが、答えは素っ気ない。支援はできないというのだ。この電話ラインは世界最初の首脳間ホットラインと言われる。当時、どういう方法で機密が守られたのだろう。同盟国にもほとんど頼る術もなくなったチャーチルは、イギリス国民の愛国心に訴え、民間船舶をかき集め、英軍兵士をイギリス本土へ送り戻す策を取ることになる。
1940年5月20日月曜日
フランス第9軍の全滅によって、反撃の希望が全て消える
イギリス軍派遣軍は、沿岸の諸港まで退却して戦うことを試みるより他なく・・・・・・とくにダンケルクへ
チャーチルは、撤退することになれば、海軍に指令を出して民間船舶の大船隊を準備させ、フランスの港まで行かせようと考えている
1940年5月29日水曜日
ダンケルクでの撤退速度は1時間に2000名で、すでに4万の兵が本土に無事上陸した。
(マクガーデン、181, 255ページ)
イギリスに暮らしてみて分かったことのひとつに、自叙伝、伝記が大変好きな国民であることを知った。大きな書店には必ずAutobiography のコーナーがある。自叙伝、回顧録には本人自らが筆をとったものと、伝記作家に依頼したものがある。筆者は取り立てて自叙伝を好んで読むことはないが、イギリス人との会話の話題ともなるので、かなりの数は読んできた。このブログでもマーガレット・サッチャー、フランクリン・D・ローズヴェルトを含み、いくつか取り上げたことがある。
さて、チャーチルの映画も、その原作となった伝記*も最近読んだ本の中ではきわめて印象的で素晴らしかった。惜しむらくは、この映画に取り上げられたチャーチルという偉大な政治家のその後の人生が描かれていないことである。大戦という圧力の下で、政治家としてチャーチルが最も活力に溢れていた頂点の時が描かれている。マーガレット・サッチャー首相の場合は、晩年の情景が描かれていた。毀誉褒貶はあったが、一つの時代を画した女性政治家の晩年が網膜に残る。
さらに、チャーチルは図らずも敵国となった日本という極東の国を真底どう思っていたのだろうか。子供心に断片的に残るイメージがある。多分、当時見た新聞記事ではなかったかと思う。イギリス東洋艦隊の誇った最新戦艦プリンス・オブ・ウエールズ、巡洋戦艦レパルスが、老朽艦しか保有していなかった日本軍によって撃沈されるという出来事を、チャーチルはどう受け止めたのだろう。この大戦果に狂喜した日本と予期せぬ大損失を蒙ったイギリス。戦争は多かれ少なかれ、関係国の国民を狂気の世界に引きずりこむ。その後もチャーチル自身は日本に来たことはなかったが、極東の国日本には対ドイツほどの憎悪感を抱いていなかったのではないかと思うことがある。
シリアへのミサイル攻撃のニュースを見ながら、人間はなぜこれほど戦争が好きなのだろうと思う。30年戦争など、ヨーロッパで戦争がなかった年を見いだすことが困難だった17世紀(「危機の世紀」)以来、人類の歴史は何も学ばないと言えるほど絶えず戦火で溢れている。
* アンソニー・マクガーデン(染田屋茂・井上大剛共訳)『ウインストン・チャーチル;ヒトラーから世界を救った男』(角川文庫、2018年)
原作:Darkest Hour: How Churchill Brought Us Back from the Brink.