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   桑原靖夫のブログ

トランプ大統領選出の明暗(6):国境壁は解決になるか

2017年02月12日 | アメリカ政治経済トピックス

 

 

トランプ大統領の9カ国からのアメリカ入国禁止に関わる大統領令について、連邦第9控訴裁(カリフォルニア州)は2月9日、大統領令の効力の停止を維持する決定をした。政権発足間もないトランプ大統領は大きな挫折を味わうことになった。大統領は強気の発言をしていたが、連邦最高裁への上告は諦めたようだ。それに代えて大統領は入国審査を一段と厳しくするよう指示したようだ。最大限の賛辞で最高裁判事に推薦しようとした保守派のゴータッチ氏が、オバマ流に嫌気がさし、やる気を失ったという発言をしたことなども伝わり、横車を押すようなトランプ流も軌道修正やむなしと考えたのだろう。

 次の策はアメリカ・メキシコ国境の壁の建造だ。国土安全保障省の内部報告書では建設費用は216億ドル(約2兆4500億円)に上る可能性があることが分かった。ロイターが伝えるところでは私有地の買収などを含めての積算といわれる。今年9月に着工し、完成までに3年以上を要するという。今更、万里の長城を建造しても、アナクロニズムということに気づかないのだろうか。大統領周辺の政策集団がほとんど機能していないようだ。これからの世界を見通した政策の秩序が見えてこない。

 選挙戦でトランプ大統領は壁の建設費はメキシコに負担させるといってきたが、メキシコは大統領が強く反対していて、その可能性は少ない。トランプ大統領はおそらく輸入税を引き上げ、それでまかなうつもりだろう。

過半は反対の壁建造
 国境壁を建造する案については、アメリカ人の多くは反対であると思われている。実際前回にも参照したPRRIの調査でも10人に6人(58%)は、反対である。他方、10人に4人(41%)が壁の建造に賛成である。2016年の6月以降、この比率は変わっていない。

 国民の考えは人種(race)、民族(ethnicity)、階級(class)で2極化している。概して、ヒスパニックの4分の3(76%)、アフリカ系黒人(70%)は壁建造に反対である。他方、白人の場合は賛否が割れている。52%が反対で、47%が賛成だ。さらに言うと、社会階級で顕著な差異が生まれる。白人労働者階級の56%は建設に賛成だ。しかし、大卒の白人を見ると35%しか賛成していない。白人大卒者のおよそ3分の2(65%)が壁建造に反対の立場だ。

 共和党支持者の73%は壁に賛成している。他方、党派に関係しない者の38%,民主党支持者の19%だけが壁建造に賛成している。トランプを支持した者の86%は賛成、ヒラリー・クリントン支持者のほとんど(88%)は壁建造に反対と答えていた。壁をめぐって、国民が複雑に割れている。

貧困脱却の難しい「プアー・ホワイト」
 移民・難民問題はかなり時間をかけて観察しないと分からない。とりわけ、アメリカのような「移民で形成された国」においては、自分が社会階層のどこに位置しているかで答を出してしまう傾向が強い。今回の大統領選でやっと存在を再認識されるようになった「貧困な白人」 poor white と呼ばれる人たちにしても、彼らはいつのまにか、社会で孤立、隔離され、忘れられた存在となってきた。トランプ大統領当選の唯一?最大の功績があるとすれば、アパラチアのプア・ホワイトに源流を持ち、「ラスト・ベルト」全域に広がった貧困層に着目し、支持層としたことだろう。彼らはこれまで民主党からも共和党からも見放されていた存在だった。しかし、トランプ大統領の政策が彼らの立場を改善・向上させることになるかについては、現在の段階では分からない。
 この点、長年労働の世界を見てきた筆者はかなり悲観的だ。強引に大企業を国内に引き戻しても、国際競争力がそれで充実するわけではない。国内市場に依存することになりがちで、再びかつて経験した衰退の道を歩きかねない。その理由は簡単には記せないが、教育と技術が彼らの運命に大きく関わっている。教育も技術も簡単には根付かない。

大きく変わる農業労働の光景
 メキシコを始めとする中南米諸国からのヒスパニック系に民主党支持者が多いのは、地道な向上心によるところが多分にある。労働の世界はかなり急速に変化している。スタインベックの「怒りの葡萄」に描かれたような過酷な農業労働の光景は、今はかなり少なくなった。



ブラセロ時代の南部農場労働
"Man and machine" The Economist February 4th 2017 

 不法労働者が増加し始めたのは1970年代であった。その頃は収穫期にアメリカへ入国し、ある農場から次の農場での収穫へと南部の農場を渡り歩き、採点賃金を下回るような劣悪な低賃金で働く労働が多かった。炎天下など過酷な労働条件下で地道に働く彼らが国内労働者を含めて、合法的な労働者に仕事を奪われることはなかった。

 しかし、近年の農場労働はかなり変わってきている。彼らに静かにとって代わっているのは新しい農業機械だ。例えば、トマト、アメリカン・チェリー、ピーマンなどの手摘みはほとんど見られなくなっている。綿花、小麦、玉ねぎ、人参、シュガー・ビート、アーモンドなどの摘み取りも、ほとんど機械化されている。アスパラガスやレタス、アプリコットのような繊細な野菜はまだ手摘みだ。かつてブログ記事にしたこともあるが、ドイツのアスパラガス収穫は、かなり前からほとんど外国人労働者の手になっている。

 カリフォルニアなどでは水耕栽培なども機械化が進むとともに、ほとんどヒスパニック系外国人労働者に頼っている。1990年代にブログ筆者たちはかなり大規模な日米比較調査を行ったことがあったが、すでにその頃からカリフォルニアなどではトマトなどの水耕栽培もかなり普及していて、そうした農場では人影もすくなかった。

拡大するヒスパニック系
 アメリカ・メキシコの国境を必要な書類なしで越境するメキシコなどのヒスパニック系労働者の数も減少傾向にあり、働く場所も南部諸州から中西部諸州へと移動しつつある。彼らが働く仕事の場も農業からサービス、土木建設などへと広がっている。

 いわゆる不法移民の中でも、必要書類を持たないで越境するいわゆる"undocumented" と言われる労働者は半数弱であり、ヴィザの有効期限を越えても帰国することなく滞在し、働いているいわゆる overstayer が多くなっていることにも注目したい。正規の書類を提示された場合、彼らの入国を阻止することはかなり難しい。トランプ大統領の期待する国境壁で阻止することには限界があることを指摘しておこう。壁で人間は止められないのだ。さらに、壁を抜けて入ってきた不法移民が国内労働者の仕事を奪ったり、賃金を引き下げる可能性も少なくなっている。

 壁の建設が始まると、建設労働者の需要が増える。現在の段階では、恩恵を受けるのは国境地帯のヒスパニック系を中心とする労働者と考えられる。農業・建設業労働者の賃金水準は確実に上昇している。省力を目指した農業機械などが次第に増加している。こうした新しい時代の農業労働者のイメージはあまり知られていない。トランプ宮殿からその未来図は見えてこない。


 

桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者:どこから来てどこへ』東洋経済新報社、2001年





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