時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ガザに光が射す日は

2023年12月07日 | 特別記事

ガザの夜間照明時系列推移(2012~2023)




人口衛星によるガザの夜間照明画像(2023年10月22日)
Source: NASA, The Economist November 11th 2023


ハマスのイスラエル攻撃が開始された直後から、本ブログの小さな記事(2012年11月23日)にアクセスが急増しているのに気づいて驚いた。記事はオルダス・ハクスリーの小説『ガザに盲いて』Eyless in Gaza (1936)を題材とした小文に過ぎないのだが。偶々冒頭部分が今回の戦争の実情にほとんど当てはまってしまうことに我ながら驚かされた。人類はなんと愚かなことを反省もなく繰り返しているのだろうか。しかも、事態は悪化の一途をたどっている。


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ハクスリーは1911年に角膜炎に罹患し、ほとんど失明状態となったが、その後拡大鏡を使えば文字が読めるほどには回復したが、視力の弱さは彼の生涯を通して、記憶、思考などの思索的活動に決定的な影響を及ぼし、1937年には治療のためにアメリカに移住するまでになる。
ハクスリーはガザに住んだわけではない。表題はジョン・ミルトンのサムソンの苦悩, Milton's Samson Agonistesからとられている。

『ガザに盲いて』は、ハクスリーの作家としての活動において、決定的な思想的転換を形成した作品とされている。作家個人としては神秘主義への傾斜、そしてそれに基づく社会活動としての平和主義への道であった。本書は全54章から成るが、時系列の叙述ではなく、断片化された上で1902年から1935年までのいずれかの時点を行き来し、最終的には各断片が再集合され、見事な自伝的小説の世界を築き上げている。
世界を良くするためには個人の改良が必要で、その第一歩が自己改良だと認識した平和運動家としての主人公アントニーを描く作者の言葉には改めて胸を打たれる。
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暗黒のガザ
ガザをめぐる惨憺たる状況について、偶然にも The Economist 誌上の一つの記事*が目に止まった。ガザにおける夜間の照明光度に関する記述である。NASAの人工衛星(1時間に地球1回転)による地域の照明度の状態が材料になっている。この衛星の力を借りて、2012年から今日まで、ガザ地域が発するさまざまな照明光度の時系列的変化を追うことができる(写真上掲)。

従来、ガザでは電力のおよそ3分の2は、イスラエルの電力網から直接供給されてきた。残りの燃料のほとんどはガザの発電所で使われる輸入原油であった。通常の時でも供給は不足気味であった。資金に余裕のある家庭などは、ディーゼル発電や太陽光発電で不足分をまかなっていた。

‘Darkening Days’ The Economist November 4th 2023, pp.39-40
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今回ハマスがイスラエルを攻撃し、1400人以上のイスラエル人を殺害したことから始まった戦争では、イスラエルは2008年以来初めて、ガザへの電力と重油の供給を遮断した。これによって、ガザは過去10年間には経験したことのない「暗黒の夜」を過ごすまで追い込まれた。この闇の暗さはその背後に展開する悲惨な殺戮の実態と表裏の関係になっている。

上掲の時系列推移で見ると、戦争以外の要因でガザの光度が増減している部分もある。例えば、2017年には発電所の資金調達をめぐってハマスと競争相手のパレスティナ電力当局との間の紛争で18ヶ月の電力不足が起きている。

しかし、この度の戦争ほど電力不足が危機になったことはない。10月11日までにイスラエルは電力供給を遮断、ガザの発電所は重油燃料の途絶を経験した。私有の発電設備がしばらく稼働したが、まもなくそれも途絶し、多くの病院、医療機関などが深刻な電力不足を伝えている。

イスラエル・ハマス・パレスティナ:解き難い難問
イスラエルとハマスの戦いは、とりわけイスラエルの強硬な姿勢で戦慄、目を覆う状況に至っている。イスラエルは標的をハマスに設定しているといっているが、いまやほとんどパレスティナの全市民が無差別殺戮の対象になっている。一般の民間人が平静に日常生活を過ごせる場所は、無くなっている。イスラエルとハマスは長年にわたり、市民を巻き込む憎悪と殺戮という「悪魔の罠」から抜け出られない。一般市民が無残に犠牲になる残酷な光景は見るにたえない。人間はなぜこのように残酷に争うのか。この地域の紛争は日本人ばかりでなく、西欧の多くの人々にとっても寛容と忍耐の限界を超えたようだ。イスラエル、ハマス両者共に人間としての良識、道徳心を喪失しているとしか言いようがない。

ガザにおける戦争に現段階では決着はついていない。ハマスが守勢に回っていることはほぼ明らかだが、16年間も政権を掌握してきたハマスは、ガザに深く根を下ろしている。イスラエルがこの地でハマスに勝利を収めたとしても、その反動も決して小さくはないだろう。イスラエルがガザに残した殺傷、破壊の結果は、IT上で遠い日本の地で見ても明らかだ。

何人かいるユダヤ系友人に今後の見通しを尋ねても、口数は少ない。パレスティナ問題は、彼らにとっても答えが出ないほどの難題なのだろう。ましてや日本人には並大抵の知識では理解し難い難問だ。

それでもガザにおける戦争は、いずれは終息を迎える。殺伐、荒涼たる光景が残されるだろう。しかし、そこにハマスが見えなくなっても戦いが終わることはない。真の終わりはほとんど見えていない。

漸くその後のあり方についての構想が議論されるようになっている。しかし、その多くは希望が感じられない。イスラエル人とパレスティナ人の間で、構想されるのは再び「2国家解決」案  two-state solution なのだろうか。しかし、有効な解決案となりうるだろうか。

新たな争いの始まりへ
パレスティナ人からすれば、目前の殺伐たる国土、無惨に殺戮された同国人が瞼に浮かぶ限り、イスラエルの海に浮かぶ小さな断片のような自国  ’Gaza Strip’ を再生することは、不安と恐怖そして新たな復讐の再現そのものではないだろうか。プルーストと異なり、アンソニー(『ガザに盲いて』の主人公)にとっては、記憶は過去の破滅的殺戮、嫌悪と復讐の引き金になるばかりではないか。

ガザに光が戻る日は


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N.B.
「川から海へ」“From the river to the sea’; 「パレスティナは自由になる」’’Palestine will be free!”
最近のパレスティナ人の若者たちのデモに掲げられたこれらのスローガンは、いずれも完全な独立国家としてのパレスティナの確立、そしてイスラエルの排除を求める暗喩といわれる。「川から海へ」は、ヨルダン川から地中海、そして自由を意味し、その地域からのイスラエルの排除が想定されている。そして後者の「パレスティナは自由になる」はイスラエルの破壊を暗に意味しているとされる。パレスティナ人でこれらのスローガンを見る者は、その意味を知っている。来るべき戦い、「文化の戦争」はすでに始まっている。

’The culture war over the Gaza war’ The Economist November 4th, pp.52-54
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REFERENCES
‘Dread, disagreement and delay’ The Economist October 28th 2023, pp.18-20
’No place for a war’ The Economist October 21st 2023, pp. 15-18
‘When the shooting stops’ The Economist, do, pp.19-20
‘Darkening Days’ The Economist November 4th 2023, pp.39-40
’The culture war over the Gaza war’ The Economist November 4th, pp.52-54
‘Truce and saved lives’ The Economist November 25th 2023, pp.41-42
’The end of the beginning’ The Economist November 28th 2023, pp.37-38
Aldous Huxley, Eyeless in Gaza, Vintage, Penguin Random House, UK, (1936) 2004

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