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時空を超えて Beyond Time and Space

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   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールの「12使徒」シリーズ

2006年11月02日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの書棚

Les Apôtres de Georges de La Tour : Réalités et virtualités (Broché) HERMANN, ÉDITEURS DES SCIENCES ET DES ARTS, 2002.

  ラ・トゥールの現存作品の中で「キリストと12使徒シリーズ」は、やや特異な位置にあることは以前にこのブログで記した。東京の国立西洋美術館が所有する「聖トマス」は、そのうちの一枚である。この12使徒を1人ずつ描いた作品は、今日では世界中に散逸している。使徒の役割からみたら、望ましいのかもしれないが。残念ながら、かつてアルビの大聖堂を飾ったような形では見ることができない。しかしながら、ラ・トゥールに関する研究が進み、これらの作品がいかなる経緯でアルビに集められ、そして散逸していったかについて、次第に背景が明らかになってきた。今回紹介する研究は、文字通りその点に集中している。

  フランスのトゥルーズ・ロートレック美術館 Musée Toulouse-Lautrec は、2枚の真作を含めて、12使徒シリーズの体裁を形だけは整えている。ちなみに、この美術館が保有している真作は、聖小ヤコブSaint Jacques le Mineur と聖ユダ(タダイ)Saint Jude Thaddée の2枚である。

  アルビ・シリーズについては、その概略はすでに記したが、今回紹介する本書は、ラ・トゥールの作品の中で、このシリーズに対象を限定して、最新の研究成果を提示したものである。このシリーズについては、フランス博物館科学研究・修復センターがそのエッセンスをDVD・CDで公開しているが、本書はその印刷版に近い内容である。しかし、DVDには含まれていない細部の情報が記されており、ラ・トゥールの研究者や愛好者にはきわめて貴重な文献である。

  本書の表紙に使われたのは「聖小ヤコブ」(アルビ、トゥルーズ・ロートレック美術館)だが、上記の科学研究・修復センターの主任研究員であるエリザベト・マルタンが明らかにしているように、ラ・トゥールは珍しく人物の位置をキャンバス上で原図より右に移していることがX線写真による調査で明らかにされている。原図は画家によって塗りつぶされていた。

  ラ・トゥールという画家は、キャンバスの上ではほとんど原図を修正することなく、あらかじめ構想を確立した上で、キャンバスに向かっていたことが明らかになっており、「12使徒シリーズ」の中では、この「聖小ヤコブ」だけに配置の移動が行われている。こうしたことが明らかになったのも、x線解析や顔料の化学分析など最新の科学的分析技法が使われるようになってからである。その結果は、ラ・トゥールという謎の多い画家の制作態度を推定するにも多大な貢献をしている。

  とりわけ本書で興味を惹かれたのは、この「使徒シリーズ」が一時はパリにあったこと、なぜアルビに送られ、そして今日のような状況になったかについて、その歴史的背景を知ることができることである。この時代の絵画作品がいかに多くの変転の背景を背負っているか、それを知るだけでも興味が尽きない。


PRÉFACE
Recherche et découverte á propos de Georges de la Tour: les Apôtres d'Albi
JEAN-PIERRE MOHEN

INTRODUCTION
Lectures croisées: science, technique et histoire de l'art
DANIÈLE DEVYNCK

Les Apôtres

Georges de La Tour: une oe uvre en questions
ANNE REINBOLD

Les Apôtres de Georeges de La Tour, de Paris à Albi
JEAN-CLAUDE BOYER

Enquête technique autour des Apôrtes de Georges de La Tour ÉLISABETH MARTIN

La restauration des Apôrtes du musée d'Albi
GENEVIÈVE AITKEN



* C2RMF-Centre de Recherche et de Testauration des Musées de France. (2005). Les Apôtres de George de La Tour: RÉALITÉS ET VIRTUALITÉS. Codex International S.A.R.I.
(日本語版 神戸、クインランド、2005).

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
アルビのラ・トゥール (三紗)
2006-11-04 19:10:33
こんにちは

トゥルーズ・ロートレック美術館で12使徒のある部屋にいた係員に「どうしてここにあるの」と聞いたのに「知らない」と言われました。

この中身、非常に興味があります。



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アルビのラ・トゥール (桑原 靖夫)
2006-11-06 00:28:46
こんにちは

「アルビのキリストと12使徒」シリーズはその発端から謎めいていて、これだけで十分ひとつのミステリー小説が書けそうですね。
恐らくリュネヴィルの工房で制作され、どこかに収められ、その後パリまで旅をし、1694-95年頃にアルビに来ました。そしてしばらく大聖堂に掲げられていたのは確かなのですが、記録上は1877年以前のある時期に、忽然と消えていました。
現在では5ないしは6枚の真作が発見されています。「聖トマス」ははるばる東京まで「旅」をしていました。キリストと残りの使徒たちはいまいずこに。

http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/d/20060105

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