おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

読書「影」(百年文庫)ポプラ社

2012-05-19 16:19:59 | 読書無限
 影。「ふと忍び寄る」というような修飾句をセットで(実に月並みですが)思い浮かべます。「死の」影。「疑惑」の影・・・。「夕闇に浮かぶ」とかは、直接的ですか。
 今回の三話とも、そうした、ふと浮かび上がってくる「影」がキーワード。第1話。ロレンスの「菊の香り」。
 炭鉱で働く夫の思いもかけない死。子どもと身重の自分を残して死んでしまった夫への思い。いつものように不満を抱きつつ飲んだくれの夫を待つ自分。不安が夫の死という現実となって襲ってくる。肉体の生と死をへだつ、深淵。性的な関係を昇華する生者と死者という関係。
 死体となって運ばれてくる夫を待つ「部屋の中には菊のひえびえとした死のような匂いが漂っていた。」菊の花の匂いが死の匂いを暗示しています。
 次の内田百の「とおぼえ」。
 師である漱石の「夢十夜」などにもある、夢幻的な世界。友人を見舞っての帰り道、薄暗い道を歩く恐怖から明かりの灯る氷屋に立ち寄る。その主人の不思議な言動につい引き込まれていく自分。
 かつて墓場で見た人魂の話、死んだという夫のために焼酎を買いに来た女、とりまく色彩の基調は、「青」。どこからか犬の遠吠え。次第に不安になって、自分がもしかしたら墓の中からさまよい出た亡霊のように感じ始める。深夜の寂しい道での一人歩き、犬の鳴き声、異界に住んでいるような人物たち・・・。
 第3話は、永井龍男の「冬の日」。
 女の子の出産と同時に死んでしまった娘とその夫。二人を引き取って暮らしていた母親が、2年後、再婚を決意したその男と孫との生活にきまりを付けて、一人、家を出て行く。そのために、年末に畳替えを頼む。仕事の合間でのその職人と息子とのやりとり、縁談の仲立ちをした佐伯の友人二人、それぞれ、さまざまな思いを込めて年が明けていく。
 2歳の孫娘、同居した当時42歳の登利と30歳の佐伯という男女、2年間でこの二人に何があったか? 読者の邪推を予想して、作者は、佐伯の友人たちの会話に忍び込ませている。「・・・今度佐伯と一しょになる女性が一枚加わって、佐伯とお袋の関係を嗅ぎつけたら、というふうにね」そうした読者の「邪悪」な(あるいは図星な)詮索をよそに、元日の夕日が沈んでいく。「床の間に供えられた小さな鏡餅には、もう罅が入っているようであった。」
 「影」という括りがはまっている三話でした。
コメント
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