今日は鏡開き
朝のTV番組で「好きなお餅は?」
と聞かれたタレントさんが
「砂糖醤油のお餅」
と答えた
懐かしい、、、
頭に浮かんだのはその思いだった
今はすっかり食べることのない「砂糖醤油」をつけての焼き餅だが
子供のころは焼き餅といえばこれが普通だった
掘り炬燵に家族の大半が座って、座る位置も決まっていて
自分は大好きな祖母の隣で、妹たちはその向かい、一番偉い祖父と父は上座
母はテレビを背にしてお櫃を横にしている
そこで食べた焼いたお餅が砂糖醤油を漬けるものだった
お餅と言えば(お酒の飲めない)祖父はみんなと違って湯餅にして食べていたし
父がとんでもない量の雑煮を食べていたのを思い出す
今思うと、何故みんな揃って食べることができたのだろう
父や祖父が帰ってくるまで食事を待っていたのか、、
それともふたりともそんなに遅く帰ってこなかったのだろうか
今はテレビも一人に一台で一人で見ているのと同様に
(食事も作ってあるにせよ)一人で食べることは当たり前の風景になっている
でもフト思い出す、この大家族の食事風景の記憶は、
あの頃は幸せだったんだなとしみじみ思う
ただ正月に来たモンスターたちの落ち着きの無さを思うと
祖父が子供時代の自分たちに「じっとしとれ!」と怒ったのもわかる気がする
一方で、子どもなんてじっとしていられる訳がない、、とも思う
砂糖醤油の一言でいろんな記憶が蘇ってきたが、それは「マドレーヌ」から
いろんなことを思い出したプルーストの「失われた時を求めて」と同じ体験だ
焼いた餅は最近はチーズをそえて海苔で巻いて食べるのが一番美味しく感じる
長生きした祖母も晩年はこの食べ方を好むようになっていたが
(チーズも美味しいと言って普通に食べられた)
時代によって好みは変わってくるものだ
さて鏡開き
準備しておいてくれてるので、昔を思い浮かべながら食べることにしよう
朝のTV番組で「好きなお餅は?」
と聞かれたタレントさんが
「砂糖醤油のお餅」
と答えた
懐かしい、、、
頭に浮かんだのはその思いだった
今はすっかり食べることのない「砂糖醤油」をつけての焼き餅だが
子供のころは焼き餅といえばこれが普通だった
掘り炬燵に家族の大半が座って、座る位置も決まっていて
自分は大好きな祖母の隣で、妹たちはその向かい、一番偉い祖父と父は上座
母はテレビを背にしてお櫃を横にしている
そこで食べた焼いたお餅が砂糖醤油を漬けるものだった
お餅と言えば(お酒の飲めない)祖父はみんなと違って湯餅にして食べていたし
父がとんでもない量の雑煮を食べていたのを思い出す
今思うと、何故みんな揃って食べることができたのだろう
父や祖父が帰ってくるまで食事を待っていたのか、、
それともふたりともそんなに遅く帰ってこなかったのだろうか
今はテレビも一人に一台で一人で見ているのと同様に
(食事も作ってあるにせよ)一人で食べることは当たり前の風景になっている
でもフト思い出す、この大家族の食事風景の記憶は、
あの頃は幸せだったんだなとしみじみ思う
ただ正月に来たモンスターたちの落ち着きの無さを思うと
祖父が子供時代の自分たちに「じっとしとれ!」と怒ったのもわかる気がする
一方で、子どもなんてじっとしていられる訳がない、、とも思う
砂糖醤油の一言でいろんな記憶が蘇ってきたが、それは「マドレーヌ」から
いろんなことを思い出したプルーストの「失われた時を求めて」と同じ体験だ
焼いた餅は最近はチーズをそえて海苔で巻いて食べるのが一番美味しく感じる
長生きした祖母も晩年はこの食べ方を好むようになっていたが
(チーズも美味しいと言って普通に食べられた)
時代によって好みは変わってくるものだ
さて鏡開き
準備しておいてくれてるので、昔を思い浮かべながら食べることにしよう