【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

緒方林太郎さんが語った「国家の存続」 特例公債法案、衆財金委審議入り

2012年11月10日 09時02分10秒 | 第181臨時国会(2012年10~11月)友情解散

[画像]特例公債法案の審議に立った民主党衆議院議員(福岡9区)の緒方林太郎さん、2012年11月9日、財務金融委員会、衆議院インターネット審議中継から。

【衆議院財務金融委員会 2012年11月9日(金)】

 解散風を煽る新聞社はよっぽど経営が苦しいのでしょうから、放っておきましょう。そもそも、10月19日の3党首会談で野田佳彦さんの「3つの提案」を全紙そろって落とすような新聞社政治部に未来はありません。

 財政運営に必要な財源を確保するための(財政法4条の)特例公債法案(181閣法1号)が審議入りしました。

 23年度法案と24年度法案の通常国会でのしめくくり質疑に立った岸本周平さんは政権交代チルドレン1期生のトップを切って、経済産業政務官として政務三役入りしています。

 「本日、こういうかたちで、審議入りできることを(与党)末席理事ながら、野党のみなさまに感謝申し上げます」。

 質問のトップバッターに立ったのは、福岡9区(北九州市の八幡、若松、戸畑区)選出の緒方林太郎(おがた・りんたろう)さん

 緒方さんは予算(案)と法律(案)の関係として日本国憲法59条が法律案について参議院が否決した場合の衆議院の3分の2ルール、60条が予算案について参議院が否決した場合の自動成立を規定していることについて内閣法制局を交えて質疑を展開しました。実は驚くべきことに、国会議員の8割方はこの程度の憲法に関する知識がありません。例えばこの日の審議でも、自民党の二世議員、丹羽秀樹さんが臨時国会の召集権が政府にあるという日本国憲法第7条などや国会法第1条~第3条あたりの解釈を知らなかったと思われる発言をしています。二世議員はこういうところは強い傾向がありますが、丹羽さんは知らなかったようです。これが実態です。

 緒方さんは知ったかぶりをせず、衆議院帝国憲法改正案委員会(芦田均委員長)の第90回帝国議会1946年7月22日(月)の議事録をひもときました。ここでは、山崎力・現自民党人事局長(旧新進党参院議員)のおじいさんである山崎岩男代議士が質疑しています。

 その前におさらい。

 大日本帝国憲法第64条が「国家の歳入歳出は毎年予算をもって帝国議会の協賛を経るべし」として予算の協賛権しか帝国議会に与えていなかったのに対して、新憲法(案)の第83条が「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」という財政民主主義を掲げ、第86条「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」として、国会の予算議決権へと国会の権能が大きくなりました。

 国会では、予算案と法案はともに「議案」と呼ばれていますが、予算案と法案は似て非なる物です。その最大の違いは、予算は日本国憲法第7条による内閣の助言と承認による天皇陛下の公布が必要ないということです。

 「議会が予算に干渉するということは、行政権に干渉することでありますが、立法府たる議会が、予算というものを議決する以上は、予算とせず法律とした方が最も的確ではないかと考えます。そうすると、国民に対する国家の意思表示たる効果を持ってくる、国民に対して十分なる意思表示の効力を発生することになります」。

 このように、予算案と呼ばず、いわば予算法案として審議し、予算法として公布・施行すべきではないかとの指摘です。

 これに対して、金森憲法担当大臣は「予算を法律とするということはもとより成立する考えだ」と受け止めたうえで、「法律は大部分は国家と国民を拘束するものでありまして、予算は政府の支出を憲法上適法ならしむるものであります」として、予算と法律は別のものだと答弁しました。

 そして、「法律でありますれば議会はそれを可決するも否決するもおそらく絶対の自由なる判断をお持ちになろうと考えます、しかし、予算の方は、国家が存続する、その存続には経費が要るということが前提になっております」として、「予算は法律と違ってこれを何らかの形において成立させて、金額の大小、費用の差ということは別として、国の入用な経費だけ必ず必要な時期までに動くようにしてやるべきものである」として、「やはり予算は予算として、法律は法律として扱っていく方が、比較的筋の通った考え方のように思っております」と答弁しています。

 国家における予算とはすなわち人体における血液の循環と全く同じことで、国家存続のために空白期間はあり得ず、国会が「成立させない」という自由は存在しないという認識です。

 この質疑を経て、憲法59条と60条が別々の規定として設けられました。そして、それが現在の混乱をもたらしていることになります。ただ、言うまでもなく、予算の協賛権しか持たなかった帝国議会に対して、予算の議決権を持つ国会においては、1955年以降、自民党が集めた税金の分配をめぐる票と政治資金を集めて、半世紀以上にわたる長期政権をつくりました。そして、特例公債法などにより国家と国民を1000兆円の借金でがんじがらめに拘束しました。この山崎・金森問答は、予算(案)審議・可決・成立のプロセスで、国会の行政への干渉が強くなりすぎないようにするにはどうすればいいかという問題意識があったといえます。ところが、60年が経ち、実際には、予算は財務官僚がつくり、国会議員は各府省に頭を下げて陳情する格好になっています。

 さらに、特例公債を38兆円発行するという法律が国民を拘束するという考えは金森答弁からしても正しいと言えますが、予算的観点からは、国会が財務省理財局に財政法4条違反を許す権限を与える法律です。国民は義務を与え、財務省理財局に権限を与える法律を、天皇陛下が公布・施行し、国家国民を拘束する行為は、最終的には、国家国民を滅亡させます。


 財金委員会で緒方さんは「特例公債法案の存在は憲法制定時には想定していなかったのではないか」と指摘。そのうえで、「予算の上限にキャップを付ける法律はあるうる」としながらも、特例公債法案を予算案同様に扱うべきだとしました。そのうえで、1期生として感じた「国会の2つの慣れ」として、「①これだけ特例公債を発行していることに慣れてはいけない、②これだけ(遅い時期まで)こじれることに、ねじれ国会だからと言って慣れてはいけない」と先輩を戒めました。そのうえで、「私が当選する前ですが、民主党が参議院第一会派で野党だったときにも特例公債法案が4月にずれ込んでいる。誰が始めたかは言わない」。そして、「わが党は与党になって、自公に(2)倍返しされている」と述べると野党席から大きくヤジられましたが、負けずに「わが党の中には野党になった4倍返しにしてやるという先輩もいるが、議会人として襟を正すべきだ」としました。全く同感です。

 緒方さんは当選直後に質問主意書を大量17本提出しようとして、小沢一郎幹事長・山岡賢次国対委員長から封殺されました。緒方さんは福岡9区で北橋健治さんの後継者。緒方さんは勇気を持って突き進んでいただきたい。個人的なことを申し上げると、この地域は、小生の兄が大学院修了後10年以上住んでいたところで、社命により北橋陣営ら自由主義陣営は当然のこと全党各種選挙を応援していたようです。当事者として積極的に関わるという政治文化、選挙風土があるんだろうと推察します。緒方さんのその背中、北九(きたきゅう)の偉い人たちは必ず見ている。


 私はこの後、憲政記念館で開かれている「昭和、その動乱の時代―議会政治の危機から再生へ」(入館無料、無休、11月30日まで)を見ました。なんと言っても斎藤隆夫先生の粛軍演説の展示が愁眉です。この中で、斎藤隆夫先生の除名を決める衆議院本会議では欠席者が大量に出ましたが、出席して反対した7議員のうちの一人が、芦田均・帝国憲法改正案委員長だったことを初めて知りました。芦田は憲法9条に芦田修正を加えて日本の独立を守り、首相となり、おそらくアメリカの意向を受けた検察の横やりで総辞職しました。

 斎藤隆夫先生への手紙がファイルで展示されており、その中に早稲田大学政治経済学部1年生の長文の手紙があり、「都の西北は先生を守る」と端正な筆致で書かれていました。「日本傍観者党」となり果てた感のある、わが母校ですが、私も同じ1年生のころ、政治改革を実現する若手議員の会の自民党議員に手紙を書いたことがあります。その中には返事をくれた議員もいて、その人がだれか思い出すとたしか北九州だったような気がして、小選挙区制の厳しさを己にしみこませざるを得ない思いがします。

 斎藤隆夫陣営にとって、除名された後の最初の衆院選は、当然にして政治生命をかけた闘いでしたが、ポスターの「国民の力と責任」というスローガンの下、当選しました。最高点投票ですので、仮に小選挙区制度でも当選したでしょう。もともと兵庫県但馬から、歩いて上京して大学を出て弁護士になった人なので、そのため代議士として地元に恩返しする気持ちが強かったようです。歩いて上京して地元の支援で大学を卒業して弁護士になった人は、今の日本には1人たりともいないと思われますので、成熟国家となった我が国の環境を、代議制デモクラシーのルールメイキングで考慮すべきだと感じました。

 戦後、75歳、在職32年目にして初入閣した第1次吉田内閣の記念写真には、初入閣ながら吉田首相の隣に収まる斎藤隆夫大臣とともに、金森徳次郎大臣の姿もありました。そして、展示の中で、私が思わず感涙した匿名の短い文のハガキがありました。どのように辛くてきつい状況になっても政治家を見抜く国民の力と責任があるのだと感じます。第46回総選挙もそれ以降も必ずそういう有権者は居続けます。民主の敵・小沢一郎ごときに一度は屈してしまった緒方さんですが、勝負の運はもっと肝心な敵と闘うために温存したのでしょう。やがては斎藤隆夫先生のようにハッキリ物を言える政治家となるための環境を整えてほしいな、と感じました。

 そのハガキとは次のようなものです。

 「よくおっしゃってくださいました。御礼申し上げます。一兵卒の父より」。



[国立国会図書館帝国議会会議録検索システムから引用はじめ] 

第90回帝国議会

衆議院

帝国憲法改正案委員会

付託議案
 帝國憲法改正案(政府提出)
―――――――――――――――――――――
昭和二十一年七月二十二日(月曜日)午前十時二十四分開議
 出席委員
  委員長 芦田均君

(略)

○山崎(岩)委員 議會が豫算に干與すると云ふことは、是は立法權に干與することでなく、行政權に干與することでありますが、立法府たる所の議會が、豫算と云ふものを議決する以上は、豫算とせずして法律とした方が最も的確ではないかと考へます、さうすると、國民に對する國家の意思表示たる效果を持つて來る、隨ひまして豫算面と云ふものでは、國民に對しても十分なる意思表示の效力を發生することにもなりまするし、又政府其の他の機關も之に對して十分なる拘束力と云ふものが與へられて來るかと私は考へるのでありますが、憲法草案に依つて是だけに改正するに當りまして、なぜ法律としなかつたか、なぜ今まで通りに豫算としたか、其の點に付て御尋ね申上げます

○金森國務大臣 豫算を法律として、詰り形式的意味の法律とすると云ふことは、固より成立する考へと思つてります、けれども實質から申しまして、法律は大部分は國家と國民を拘束するものでありまして、豫算は政府の支出を憲法上適法ならしむるものでありまするが故に、形式的には假に同じに扱ひまするにしても、中味は違つて居ると云ふことは言へると思ひます、既に中味が違つて居るならば、形も違へると云ふ行き方は、決して不合理ではないと考へて居るのであります、特に何處が違ふかと云ふ中の一つの點を考へて見まするに、法律でありますれば、議會はそれを可決するも否決するも恐らく絶對の自由なる判斷を御持ちにならうと考へます、併し豫算の方は、國家が存續する、其の存續には經費が要ると云ふことが前提になつて居りますると、幾分議會の態度も異なつて、批判の中味が國家の必要なる經費は出してやらなければならぬと云ふことを前提として議決さるると思ひます、隨て議會の扱ひ方等も違ふと思ひます、此の憲法の草案に於きまして、法律の方は六十日の期間とか云ふものを置いて、國會の中で衆議院と參議院が色々意見の違ふやうな場合に、最後の荒つぽい解決方法を求めて居るのであります、併し豫算の方に付きましては、さう云ふ荒つぽい方法を求めないで兩院の協議會を開いて議纏まらぬ時は衆議院の意見に依ると云ふことに致したのも、其の考へでありまして、豫算は法律と違つて之を何等かの形に於て成立させて、金額の大小、費用の差と云ふことは別として、國の入用な經費だけは必ず必要な時期までに動くやうにしてやるべきものであると云ふ考へを基調として、そこに規定が現はれて來る譯であります、既にさう云ふ風な差があれば、やはり豫算は豫算として、法律は法律として扱つて行く方が、比較的筋の通つた考へ方のやうに思つて居ります。(後略)

[引用おわり]

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