時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

漂流するEU共通移民政策の行方

2006年03月07日 | 移民政策を追って

  「開放」、「自由化」、「国際化」というと明るい前向きな響きを持つが、「閉鎖」、「制限」はなんとなく後ろ向きな響きを持っている。前者は「良い」が、後者は「悪い」ということに短絡しがちである。しかし、移民受け入れ政策の現実的設定という点からみると、バランスのとれた決定は多くの場合、この中間のいずれかにあり、しかも時間軸上も固定されたものではない。現実には「完全閉鎖」も「完全開放」もない。移民受け入れ政策は歴史的にも大きく揺れ動き変化してきた。移民政策の決定は、かなりの経験の蓄積が必要とされる。とりわけ、他国との相対的関係が重要なものとなる。一国だけが突出した政策はとりにくい。

「開放論」からの揺り戻し 
  たとえば、フランスでは「郊外暴動」を契機に、移民(外国人)労働者について国内には移民受け入れ反対、制限論が高まってきた。ひところの「開放論」からの揺り戻しである。以前にも記事にしたように、9.11以降のアメリカでも同様である。移民問題はいずれの国でも、頭痛の種となっている。

  2004年5月1日、10カ国が新たにEUに加盟した当時、旧加盟国の間には拡大EUの成立を祝うよりは、移民労働者の大量流入を危惧する論調が目立った。移民は自分たちの仕事を奪うか、高い水準を達成した
福祉給付を蚕食するという理由である。拡大EUが議論され始めた頃は、偉大な欧州の実現という歓迎ムードであったのだが、その後風向きはすっかり変わってしまった。

大多数は様子見の状況
  結果として拡大EU成立時には、旧加盟15カ国のうち12カ国だけが東欧など新加盟国からの労働者に対して国境を広げるのではなく、「移行措置」という模様眺めの措置を設定した。イギリスとアイルランドだけが開放の姿勢を見せただけであった。しかも、この両国といえども手放しの開放ではなく、福祉給付を求める者を制限する措置を設定し、イギリスは外国人登録の措置を導入した*。この2国は日本と同様に島国であり、国境管理がしやすい点で恵まれている。スエーデンは、議会が当初の制限措置導入案に反対し、結果として労働市場を開放した。

  さて、こうした「移行措置」は2年間経過した今年4月30日レビューされることになっている。この移行措置は最大限5年までは延長が許容される。 さて、2年間の終了を目前にした本年2月8日、ヨーロッパ委員会は人の移動と受け入れ政策に関して、これまでの経験を分析したレポートを公表した。その内容は、あたかも国境を開放した3カ国と制限した12カ国の管理された実験についての評価とも読めるものであった。タイミングを見計らって公表されたようである。しかし、舞台裏では表現などをめぐって、かなりの政治的駆け引きがあったらしい。それでも委員会レポートの結論は明白であった。すなわち、すべてのファインディングスは開放の方向を選択したイギリス、アイルランドなど3国を支持するようになっていた。

  言い換えると、これら3カ国ではマクロ経済としては経済成長率も高かったし、失業率も低かった。 これに対して、12カ国はさしたる成果もないか、マイナスの結果、すなわち不法労働者の増加が記録された。3カ国が国境を移民労働者に開放したことが、この良い結果の原因とはいえないかもしれないが、害を与えなかったことは確かなようだ。

  かくして委員会レポートは、移動の自由はEU市民の基本的権利で、制限はフェアでないとしたばかりか、機能していないと結論した。すなわち、厳しい入国制限をした国が、移民労働者の入国が少なかったとはかならずしもいいきれない。2004年以降、移民労働者が大きく増えたのは、最も制限を厳しくするという考えのオーストリアだった。しかし、これらの国では入国制限の結果、国境をひそかに越えて不法に働く労働者、労働者ではなく自営業と主張する者、母国から海外で働くように送り込まれたという労働者が多かった。

「開放」へのガイドラインとなるか
  ヨーロッパ委員会レポートは「移動のフローの大きさと現在の移行措置の間には直接的な関係はない」としている。東欧などからの移民流入は、旧EU加盟国の失業を悪化させるという恐れは空虚にみえる。 15カ国の多くの国では、新加盟国からの流入は労働力の1%以下だった。開放したアイルランドでは3.8%だった。そして、外国人労働者は雇用の機会を奪ったのではなく、国民が就労しない仕事に就いていた。

  特記すべきことは、EU15カ国のうち10カ国の場合、移民労働者が入ってきても雇用が増え、ローカルの労働者の雇用も減らなかった。さらに福祉給付が大きく蚕食されているとはいえないことだった。多くの人が考えていたことは、いずれは帰国することを視野に入れ、仕事を目的に出稼ぎにきて、福祉に依存して生きるということではなかったとされている。

  もっとも問題がないということではない。アイルランドの船員組合は、昨年使用者が賃金の安い非組合員のラトヴィア人労働者を雇用したことに抗議し、ストライキに入った。その経験に基づき、アイルランドの組合は外国人労働者に一定の入国制限を要請している。ドイツとオーストリアは旧共産圏の国と国境を接する国々であり、特にオーストリアの場合、彼らの賃金はスロバキアの5倍という。 こうした事実もあるが、全体として委員会報告は、新加盟の10カ国からの労働流入は15カ国の賃金や仕事の保障を脅かすものではないとしている。

労働組合も対応を変える?
   昨年12月にヨーロッパ労働組合連合(ETUC)European Trade Union Confederation は労働移動についての態度を変更した。ドイツとオーストリアは反対したが、他の国のメンバーは域内移動の制限を撤廃する考えに同意した。東欧から合法的に労働者を受け入れた方が団体交渉もしやすいし、税金も払ってもらえるという考えに切り替えた。

  フィンランド、ポルトガル、スペインそして多分ギリシャも移行措置を5月に改めると見られる。他の国は少し緩めるか考慮中である。ヨーロッパ委員会レポートは、労働力の流動化の拡大は利益が大きいと主張している
。確かに、入国してきた外国人労働者が一時的な出稼ぎが目的であり、福祉給付に依存するものでもなく、定住せずに全員帰国するのならば、受け入れ国側にとっても利益が大きいだろう。しかし、これまでの歴史が示すのは、現実はそれほど簡単ではなく、時間の経過とともに当初の意図とは異なり、定住し帰国しない者も多いということである。

  移民労働者問題は、経済理論だけでは対応できない難しさがある。ヨーロッパ委員会がいくら国境開放がプラスの効果を生むと説いたところで、現在のフランスやドイツあるいはオーストリアがその方向になびくだろうか。国境は簡単には消滅しない。


イギリスは2007年半ばくらいから、移民を5段階に分け、高技能な者から優先的に受け入れる制度を導入する予定。結果として、アジア系の移民は影響を受けて減少する可能性が高い。
「日本経済新聞」2006年3月8日夕刊

Reference
When east meets west, The Economist February 11th 2006

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http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/e/8e78bc7de68772da6d6bad36f38e4a6d
http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/d/20050508

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