時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(64)

2006年03月09日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

リシリュー枢機卿とラ・トゥール(3)

  今回は、ちょっと脇道に入ることになる (このテーマ、脇道が多く、うっかり入ると出られなくなります)。前回に続いて、宰相リシリューの権力と芸術に関する問題を考えている時に、偶然にもBS1でBBC制作「芸術のわな」How the art made the worldなる番組(2006年3月7日放映)と出会った。政治的指導者と芸術の関係を追った番組だった。

  あのブッシュ対ケリーのアメリカ大統領選で、グラウンド・ゼロの瓦礫の山に立ったブッシュ像が、「頼りになる指導者」のイメージ作りに役だったという、あまり頼りにならない話から出発した番組であった。政治に欠かせない、国民と強いつながりを持った指導者というイメージを創りだしたとの説明である。例えが適切でない気がした。ともかく、古代から今日まで世界を支配した政治家たちは、芸術を自らのイメージ作りにさまざまに利用したという。

ストーンヘンジからアウグストス
  そして、番組の話は一挙にイギリスのストーンヘンジへと飛ぶ。少し興味を惹かれたのは、ストーンヘンジの近傍で、2002年に偶然古代の墓が発見され、ほぼ4500年前の人骨と副葬品が出土したという点だった。発掘品の中にあった精妙な金細工から、この装飾品を身につけていた人物は、イギリスではなくヨーロッパ大陸全体に影響力を持っていた大陸出身者であり、ストーンヘンジはその大きな権力を誇示するひとつの道具立てではなかったかとの推測である。残念ながら番組はこの人物が誰であったかなど、知りたいことは伝えてくれなかった。

  さらに、1978年には、かの大王アレクサンドロスの父、マケドニア王フィリポス2世の王墓がギリシャ人考古学者によって発見された話となる。その際、若き時代に狩りをするアレクサンドロスとみられる肖像も併せて出土した。世界制覇のための指導者として、自らの権力を示すに、こうした肖像はコインなどに彫り込まれた。アレクサンドロスの時代のための準備がすでに出来ていたという。

芸術を権力のために
  芸術を自らの権力のために使うというこの考えは、アウグストゥスにも継承され、そのイメージ戦略はさまざまな媒体でローマ帝国全土へ拡大されたという。芸術は人をあざむくためにも利用される。ヒトラーとナチスの映像も出てくるが、よく知られた話であり、ユニークさの足りない番組であった。

  さて、宰相リシリューと芸術との関係にも当てはまることだが、このフランス王をもしのぐ権力者が、芸術を政治目的に使っていたことも明らかである。なにしろ、新宮殿などの現場を視察するなど、外出する時には安全上の配慮もあって、100人の騎馬兵、100人のマスケット銃士、20人の伝令を伴っていたという人物である。

 リシリューの肖像画
  時の権力者であったリシリューを描いた肖像画、ブロンズの類はさすがにきわめて多い。これらを改めて眺めてみると、色々面白いことが分かってくる。このブログでも記したように、宰相リシリューは王室画家であるヴーエ Simon Vouet(1590-1649)はお好みではなかったようだ。このことはヴーエの側も同様で、リシリューが自らイタリアから招いたプッサンや肖像画の巧みなシャンパーニュ Philippe de Champaigneを重用するのが面白くなかったらしい。

  肖像画としてみると、確かにシャンパーニュの描いたリシリュー枢機卿は、大変立派に描かれている*。衣装や装飾品も豪華であり、威厳や品格が画面に漂っている。手で持たれた枢機卿の帽子の赤も映え、巧みな構図である。

  ヴーエもリシリューを描いているのだが、一国の宰相像というにはなんとなく弱々しい。ヴーエは他の題材については、力強い、迫力のある作品も残しているのだが、リシリューには制作意欲を感じなかったのだろうか。

  リシリューが未だ若い頃の肖像であったこと、一種のパステル画ということを差し引いても、比較してみると迫力に欠ける。もっとも、肖像画としては当時流行の全身像ではなく、半身像であること、文人でもあったリシリューを示すアトリビュートとしての手紙を掌中にしていることなど、ブーエも新しいアイディアを駆使したつもりだったのかもしれない。しかし、どうも宰相のお気に召さなかったようだ。当時の肖像画は現代の写真のような役割を果たしていた。シャンパーニュとヴーエの手になる肖像画のいずれが、リシリューの実物像に近かったかは別の話である。ラ・トゥールが描いたら、どんな作品になっただろうか。


*
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/c/champaig/richeli.html

Image: Courtesy of J.Paul Getty Museum.

Simon Vouet, Portrait of Armand-Jean du Plessis,Cardinal de Richelieu, about 1632-1634, black, white, and red chalk, and pastel,27.4x21.2 cm. Los Angels, J. Paul Getty Museum, 97, GB.68
 

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