時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

モナ・リザもびっくり:中国絵画市場の実態

2006年06月15日 | グローバル化の断面

  今から20年以上前になるが、中国の現代美術、とりわけ農民芸術といわれるジャンルについて、関心を持って眺めていたことがあった。技法は決して洗練されたものではなく、むしろ稚拙ともいえるものだが、伝統的な中国絵画の制約から脱却しようとする意欲のようなものが感じられた。香港のイギリス系画商から年末に送られてくるカタログを見ているだけだったが、10年ほど前から価格が急激に上昇し、たとえ欲しいと思ってもとても手が出ない水準になってしまった。そのうち、買わない客と判定されたらしく、カタログも送られてこなくなった。

  他方、中世以来の西欧絵画の社会的評価がいかにして定まるか。その仕組みに関心を持って、いくつか資料を見ている時に、ちょっと驚くような記事*に出会った。最近の中国絵画市場の実態の紹介である。中国の絵画市場が活況を呈していることは、中国の友人などから聞いてある程度は知っていた。しかし、ここまでとは思わなかった。少し、紹介してみよう。

ブーム化する中国現代絵画
  中国では長い間、ビジネスはアート(技法)と考えられてきた。しかし、最近ではアート(美術)がビジネスの対象になっている。とりわけ、現代中国画家の作品に人気が集まり、ブーム状態が生まれているらしい。中国国内のみならず、海外でもクリスティやサザビーなどでオークションの対象にもなり、かなりの高額で落札されている。

    他方、驚くべき状況も指摘されている。香港の国境を越えた中国側深圳、「大芬油彩画村」といわれる地域がある。ここではまさに絵画がビジネスの対象になっているが、その内容がすさまじい。たとえば、深圳の郊外の町布吉Bujiには、およそ1キロ四方に乱雑なコンクリートの建物が立ち並び、700近い画廊ショップ(工房)が密集している。屋根のない店もあり、制作途上の作品や材料がいたるところに積み重ねられたりしている。天日で乾燥したり、少し高額の商品はエアコンがある建物で制作されている。

「美術工場」の実態
  客はここではどんな注文でもできる。ヨーロッパ有名絵画のコピーは当たり前で、モナリサのコピーなども人気があるらしい。もちろん、すべてが贋作だが、1点づつ油彩で仕上げられている。そして、コストはほとんど数ドル程度。なんと、額縁は50セント。近世までの西欧絵画の世界でも、パトロンは画家に依頼する作品の主題などにかなり注文をつけたことは事実だが、どうもそれとはかなり違う状況である。

  こうした場所は他にもあるが、いわば画家の工房を工場化したものである。町工場のような中で、「画家労働者」ともいうべき職人がいっせいに並んで仕事をしている。一人で一製品を手がけている場合もあるし、同じ主題の作品を渡り歩き、人物の手足など、ある部分だけを描くというように分業している場合もある。

  手本になっているのは画集、絵葉書、インターネット上のイメージだという。時には、ディジタル画像の輪郭を機械的にキャンバスに印刷し、職人が絵の具で着色している。

絵画も数で作られる
  大芬にはこうした画家労働者が5000人ほどいて安価なコピー作品を制作しており、さらに熟練度の高い画家労働者が3000人ほどいるといわれる。近くには10ヶ所近い工房村があり、「美術産業」に雇われている労働者は3万人にも達する。いまやあらゆるものを生産する中国だが、ついに絵画まで生産するようになった。その競争力は、これも安い労働コストである。

  ダ・ヴィンチ・コード・ブームにあやかって、「最後の晩餐」をマグダラのマリアで描いたコピーが人気らしい。「モナ・リザ」やゴッホの「ひまわり」も人気だという。中国風に描かれた「モナリサ」もあるという。客は世界中に分布し、新興のロシア人実業家、フロリダのコンドミニアム、中東のホテル、アメリカの小売業者、インターネットで家族の肖像画を依頼するアメリカ人もいる。もちろん、わが日本人も多いようだ。

  大芬の大手の工場は、毎月8万枚近い製品を押し込んだコンテナーを15から20は海外出荷するという。中国国内市場も活況を呈している。自分のオフイスに絵をかけておくと、訪問客が「この社長はいい教育を受けた」と思うらしい。そういえば、バブル期の日本にも、高額の絵を買い占めた社長さんたちが多数いましたね。自分の家を持つ中国人も増え、需要は増加、主題も西洋のものばかりでなく、中国の画家も人気が出ている。インターネット上でいくつかの工房をアクセスしてみると、確かになんでもありの状況である。

  「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則は、どうもこの世界にも通用するようだ。後世は現代について、いったいどんな評価をするのか、また空恐ろしい思いがした。


Reference  
*
"Painting by numbers" The Economist June 10th, 2006.

コメント
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