時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

神は細部に宿る:プラド美術館展を見る

2006年06月17日 | 絵のある部屋

茶碗・アンフォラ・壺 (Taza, anfora y cantarilla) 1658-1664年頃
46×84cm | 油彩・画布 | プラド美術館(マドリッド)

Courtesy of Olga's Gallery of Art:
http://www.abcgallery.com/Z/zurbaran/zurbaran16.html

  梅雨入りの休日、東京都美術館展で開催されている「プラド美術館展」を見てみようと思い立った。2002年の「プラド美術館展」が好評だったので再び企画されたらしい。プラドはかつて在欧中に2度ほど訪れたことがある。現代の美術館としては、展示システムはややクラシックな感じがしたが、その作品の質の高さ、充実ぶりには圧倒された。

  当然のことだが、今回の展示にプラドの誇る重量級の作品は必ずしも多くない。しかし、出展数は81点、長い行列もなく、比較的ゆっくりと見ることができた。人ごみに疲れることもなく落ち着いて鑑賞できるという意味では、適度な規模だったかもしれない。会期が延長になったのも、満足度が高いからだろう。

  ティツィアーノ、ベラスケス、ルーベンス、ゴヤなどを含めて、黄金時代のスペイン、16-17世紀のイタリア、フランドル・フランス・オランダのバロック、18世紀の宮廷絵画、ゴヤという区分で、展示がなされている。作品数との兼ね合いでは、グルーピングが苦しいが、少数の作品をゆっくりと細部まで鑑賞できたのはよかった。まずまず充足感のあった展示内容だった。

  いくつか興味をひかれた作品があった。ルーベンスの「フォルトゥーナ」などごひいきを別にすると、とりわけ、ボデゴンbodegónといわれるスペイン独特の静物画が良かった。ボデゴンは、語源が1590年代までの下層の居酒屋を称したものであり、転じて居酒屋内部の情景、野菜・果物、什器備品、厨房内部などを描いた静物画を意味するようになった。今回出展されたボデゴンの数は少なかったが、スルバラン、ルイスの素晴らしい作品に出会えたのはうれしかった。

    フランシスコ・デ・スルバランは、セビーリャ派の巨匠とされ、黄金時代と呼ばれるスペイン17世紀前半という画家である。ほぼ同時代のラ・トゥールの作品が、スルバランではないかとされたこともある。人物を主題とした作品についてはラ・トゥールの方がはるかに上回っているが、ボデゴンにこめられた深い精神性という点では、どこかでつながる部分があるような気もする。

  たとえば、ここに示す4つの食器を描いた作品のひとつ『茶碗・アンフォラ・壺』。その前に立つと、その写実に富んだ卓越した描写から、深い精神性を感じさせる静謐さが伝わってくる。フランドルやオランダなどの静物画にはない深く訴えるものを持っている。実に見事な作品である。プラドの名品といってよいだろう。同時に展示されているルイス・メレンディスの『プラム、イチジク、小樽、水差しなど』も絶品である。

  対象の一点、一点が精魂込められて描かれている。どれも日常の生活になじんでいるものであり、注意しなければただの食器である。しかし、こうして描かれてみると、そのひとつ、ひとつが命を持っているようだ。神は細部に宿っているという思いが伝わってくる。小さな安らぎの一隅を見た。

  

コメント
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