このたびのチベット暴動が、中国政府にとっては予想外の展開であったことを示す一端を、西欧のジャーナリストが伝えていた。英誌 The Economist のグループが、「北京路を破壊する」 Trashing the Beijing Road と題して報道している。長らく許されなかったラサの取材が、やっと認められた最初の日に暴動が勃発したらしい。暴動の兆しはすでに3月10日頃からあったようだが、ラサの政府筋はたいしたことはないと思っていたようだ。そして、このジャーナリスト・グループが取材を開始したその日に暴動は起きた。取材予定の各所で予想もしない事態に出会ったようだ。厳重な報道規制が始まった中で、最も生々しい実態を伝えていた。
暴動は、ダライ・ラマが亡命を余儀なくされた1959年以来最悪のものとなった。中国政府はダライ・ラマのグループが周到な計画の下に準備したものだと非難している。他方、ダライ・ラマはなんら彼自身関与していないし、平和的解決を希望している。暴動は甘粛省、四川省などチベット族の多い周辺地帯にも波及しているが、中国政府はダライ・ラマとの対話を拒否し、ひたすら武力による鎮圧をはかっているようだ。
確かに中国政府は、チベットを含む少数民族の居住地域の経済状態改善を重要課題としてきた。多大な投資などによって、一定の効果は生まれ、彼らの経済水準は顕著な改善を見た。しかし、チベット民族と人口の9割近い漢民族との軋轢は、緩和されるどころか強まっていたようだ。TVで見る限りだが、あの光景はこれまで鬱積していた中央政府、そして漢民族への反感のすさまじさを推測させる。皮肉なことに、ラサ市内の目抜き通り「北京路」周辺に最も破壊が集中した。
「見たくない白昼夢」を次々と見ているのは、中国首脳部かもしれない。北京オリンピックまでの日程は、きわめて緊迫したものになった。第二の天安門とならないよう、中南海には想像以上の危機感が張り詰めているに違いない。
聖火リレーの行程でも何が起こるかわからない。すでに最初からつまずいている。政治とスポーツは切り離して考えるというアメリカなどの対応には危うさが感じられる。中国報道官はラサでも整然とした聖火リレーを見せると強がりを言っているが、戒厳令下のリレーでは話にならない。対話を拒否し、ひたすら力での鎮圧を図る中国政府の対応は相変わらずだ。暴動を起こした側、起こされる側双方に言い分はあるとはいえ、ひとたび燃え始めた火は冷静な「対話」以外に消す策はない。
天安門事件の衝撃が風化しているとは思えないが、こういうところに、これまで辺境、少数民族に対してきた「中華帝国」の悪い面が出てくる。中国は友人も多く、複雑な気持ちだが、この点だけは受け入れられない。このままでは北京が「熱い夏」となることは避けられない。