深夜、地震のニュースを見るためにTVをつけた後、「アメリカ映画協会100年の名作100本」 AFI's 100 Years 100 Cheers なる番組を見るともなしに見てしまった。自分の人生の過程と重なっていて、なかなか興味深かった。人気映画の順位は、これまで見た同じような順位付けとはかなり異なるところもあり、往年の名優、監督などが選ぶ作品は、それなりに楽しめた。これについては、記憶細胞を刺激された部分もあり、いずれ改めて記すこともあるかもしれない。
順位表の中で、第7位にスタインベック「怒りの葡萄」*が入っていたので、少し驚いた。このブログ(下掲)にも何度か書いたこともあったが、先週、ある大学で話題にしたばかりだった。ほとんどの学生は作品を読んだこともないようだ。司会役の先生が、今の学生は「1980年代生まれなんですよね」と気の毒そうに付け加えてくれた。以前ならボディブローを打ち込まれたようなショックだが、今はこたえなくなった。
それでも、スタインベックは今日でもアメリカ人の心に、しっかり根を下ろしているのだ。さまざまな折りにそれを感じることがある。スタインベックが描いた農業季節労働者の世界は、今もほとんど変わっていない。アメリカの農業労働は、低賃金、劣悪労働分野として知られ、国内労働者が働きたがらない。ほとんどはメキシコ、中米などからやってきた外国人労働者だ。
最近、注目を集める動きがフロリダ州であった。農場経営者やファースト・フ-ド・チェーンなどの大規模な顧客を相手どり、労働者側が賃金の引き上げに成功したのだ。農業季節労働者の組織である「イモカリー労働者連合」 Coalition of Immokalee Workers が、バーガー・キングから時間賃率の引き上げを勝ち取るという近年では珍しい動きがあった。
マイアミに本社を置くバーガーキングは、農業労働者が採取するトマトの出来高給を1ポンド(450グラム)当り1セント引き上げ、宿舎、休息時間など関連する労働条件も改善することに同意した。
フロリダはアメリカ国民の食卓に上るトマトのおよそ80%を供給する一大産地だ。トマト農場の労働者の労働条件の改善要求は、長年にわたる当事者段階の交渉にとどまらず、議会の公聴会の対象にもなり、その労働条件の劣悪さが注目を集めていた。 一部の企業は2005年の段階で、労働者側の要求する賃率引き上げを受け入れていた。マクドナルドのように、裁判で係争中の企業もある。しかし、フロリダの農場主の90%近くが加入している 「フロリダ・トマト栽培者取引所」Florida Tomato Growers Exchange は強硬路線を維持し、賃率アップに応じた農場主には10万ドルのペナルティを払わせると脅かしていた。
1ポンド当り1セントの賃率引き上げは、実に過去30年間で始めてのものとなる。しかし、それでも労働者はフロリダ州の最低賃率の時間あたり6.79ドルを得るためには、炎天下で過酷な労働で、600キログラム以上のかごを一杯にしなければならない。
今回の労働条件改善がなんとか成功したのは、連邦下院と教会筋の支援があったためだ。4月には85,000人の署名がバーガーキングに突きつけられた。さらに、同社の役員が農業労働者を「血を吸うやつら」「人間も程度が悪い方」というような差別発言をメディアでしていたことが判明、社会的批判を浴びることになった。どこの国でもそうだが、経営者がよほど失点をしないと、労働条件の改善がなされない。
農業労働者を軸とする労働者の連携は他の産業へも広がりつつある。ウオール・マート、サンドウイッチ・チェーン、レストラン・チェーン、スーパーマーケットなどが当面の交渉目標になっている。バーガーにかけるトマト・ケチャップがどこで作られ、いくらにつくか考えたこともなかった人たちも、多少目が覚めたようだ。昨年、「あなたのTシャツはどこから来たのか?」というアメリカ経済学者の本が、話題を呼んだが、衣食住、時々その源へ思いを馳せることも必要だ。 Tシャツ原料、うなぎの「国籍」、住宅の耐震性など、材料に事欠かない。さて、日本のトマトは?
References
The Grapes of Wrath, 1940 Directed by John Ford
'The price of a tomato,' The Economist June 28th 2008
Pietra Rivoli. The Travels of a T-shirt in the Global Economy, 2005
ピエトラ・リボリ 雨宮寛+今井章子訳『あなたのTシャツはどこから来たのか?』東洋経済新報社、2007年
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「怒りの葡萄今も」 2005年9月16日
「怒りの葡萄その後」 2007年11月5日