本日9月23日、ニューヨークのメトロポリタン美術館は臨時休館で、一般への公開は行われない。昨日、22日(現地時間)に急遽発表された。ニューヨークの国連総会などの行事に参加する人々の観覧に供するためという理由である。
ニューヨークは見所はいたるところにある。なぜ、メトロポリタンなのか。この世界的に著名な美術館を知らない人は少ないはずである。一般公開を行わないというのは、恐らくテロリストなどが観客に混じって入り込むことを防ぐためだろう。あの壮大な美術館を警備することは、きわめて大変なことは説明するまでもない。気候変動サミットなど国連の諸行事へ参加する各国の要人・有名人の中には、いまさら美術館見学でもあるまいと思う人もいるかもしれない。そこには企画者側が深く考えた理由があると思われる。
去る日曜日、2009年9月20日、メトロポリタン美術館でひとつの企画展が幕を閉じた。『アフガニスタン:カブール国立美術館の秘宝』 Afghanistan: Hidden Treasures from the National Museum, Kabulであった。
これは、このブログに記した 2006年12月から07年3月まで、パリのギメ東洋美術館で開催された企画展が大西洋を越えて、いくつかの地を転々とした後、ニューヨーク・メトロポリタンで実現したものだ。アフガニスタンが戦火に巻き込まれて以来、カブール(カーブル*)の国立美術館に所蔵されていた貴重な所蔵品の九割近くは、焼失、散逸、窃盗などで失われたといわれていた。その中で同館館員の献身的な努力で、宮殿・中央銀行の地下室深くに密かに移転されていた秘宝があった。それらは25年の間、人の目に触れずにいたが、上述のパリの企画展で初めて公開された。
この懸命な努力で地下室に隠匿されていたアフガンの名品は、再び人の目に触れられるまでになった。文字通り、東西文明の交差点にあった、この国に残っていた秘蔵品の精髄とも言うべき品々だ。数はないが、見る者の目を奪う素晴らしさだ。ギメ東洋美術館で公開された時の人々の驚嘆を思い起こす。決して多くはないが、息をのむような華麗で優雅な出土品の数々に、声を失い、魅了された。出展された品々は、西暦前2000年から西暦5世紀くらいまでの選り抜かれた名品である。
主として、ラクダによる隊商に依存した東西交易では、美術品は小さく、精緻を極め、芸術的価値も至高な品だけが交易の対象となった。遠いヘレニズム文化の流れを明瞭に留める品々、東西文化の精髄を凝縮したような装飾品など、その美しさ、文化的価値は計り知れない。このような華麗、珠玉の文化遺産を生んだアフガニスタンが、なぜ今日のような殺戮と破壊の巷に化してしまったのか。
アフガニスタンが国連の最重要問題のひとつであることは改めていうまでもない。今回の国連行事の参加者のために、メトロポリタン美術館が選定されたというのは、目的が美術館の一般展示を見せるためではないことはもはや明らかだ。幕を下ろしたばかりの『アフガニスタン』展を特別に公開し、栄華をきわめたアフガン、そしてカーブル美術館の在りし日の残光から、そのほとんどを破壊、散逸させてしまった人間の恐るべき愚行と悲惨な結果について、深く思いをめぐらせてもらうことだ。
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KABULの現地の読み方は、「カーブル」に近いようだ。しかし、日本の新聞、マスコミなどは「カブール」と記すものが圧倒的に多い。表記の難しさを感じさせる。ここでは、過去の記事とのリンクもあって、「カブール」としておくが、今後は表記を改めて行きたい。